映画レビュー最新注目映画レビューを、いち早くお届けします。

『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』

 
       

Carol-550.jpg

       
作品データ
原題 英題:Carol of the Bells  
制作年・国 2021年 ウクライナ・ポーランド(ウクライナ語)
上映時間 2時間2分
監督 監督:オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ 脚本:クセニア・ザスタフスカ 撮影:エフゲニー・キレイ 音楽:ホセイン・ミルザゴリ プロデューサー:アーテム・コリウバイエフ、タラス・ボサック、マクシム・レスチャンカ
出演 ヤナ・コロリョーヴァ、アンドリー・モストレーンコ、ヨアンナ・オポズダ、ポリナ・グロモヴァ、フルィスティーナ・オレヒヴナ・ウシーツカ
公開日、上映劇場 2023年7月7日(金)~新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺、シネ・リーブル梅田、シネマート心斎橋、アップリンク京都 ほか全国公開、7月14日(金)より、シネ・リーブル神戸ほか全国公開


banner_pagetop_takebe.jpg

 

~戦時下、命を張って子どもたちを守り抜いた家族の物語~

 

あの『クリスマス・キャロル』で知られる曲『キャロル・オブ・ザ・ベル』が、元々は『シェドリック』というウクライナの古い民謡だったとは……。ぼくはまったく知りませんでした。そう言えば、ロシアのウクライナ侵攻が始まってから、その曲をウクライナの子どもたちが合唱しているのをニュースで見た覚えがあります。


ウクライナ人にとっては、自らの誇りを謳った、まさに祖国を想う魂の歌なんですね。その曲を映画のタイトルに冠した本作は、今回の侵攻前に製作されましたが、まるで侵攻を予見したような作品でした。この映画を観て、ウクライナという国は、つくづく他国からの侵略の歴史と共に歩んできたのがよくわかりました。


18世紀以降はオーストリア領で、第1次世界大戦後(1918年)にウクライナ人民共和国として独立するも、すぐにポーランドに占領され、第2次世界大戦の勃発後(1939年)は、ソ連、続いてナチスドイツの支配下となり、戦後はずっとソ連に属していました。そしてソ連崩壊によって、1991年、現在のウクライナが誕生したのです。


Carol-500-2.jpg映画は、第二次世界大戦の8か月前、1939年の1月から始まります。場所は、ポーランドのスタニスワヴフという町ですが、現在のウクライナ西部に位置するイバノフランコフスク。ユダヤ人一家が所有するアパートに、ウクライナ人とポーランド人の家族が入居してきます。


前述したように、この地はポーランドに奪われたので、ウクライナ人一家とポーランド人一家の間には深い溝があり、互いに敵愾心を抱いているようです。国籍はみなポーランド国籍ですが、宗教的には、ユダヤ人は当然、ユダヤ教、ウクライナ人は東方正教会、ポーランド人はカトリック。あゝ、ややこしい。島国の日本では考えられませんね。


ウクライナ人の夫ミハイロ(アンドリー・モストレーンコ)はミュージックホールのギター弾き、妻ソフィア(ヤナ・コロリョーヴァ)は声楽の先生で、娘のヤロスラワは歌が大好きな美声の持ち主という音楽一家。この家族を軸として物語が進行していきます。


Carol-500-1.jpgポーランド人の娘テレサとユダヤ人の娘ディナがソフィアに歌を教えてもらったことで、彼女たちがヤロスラワと仲良しになり、いつしかウクライナ人、ポーランド人、ユダヤ人の3家族が民族、宗教、風習の垣根を超え、良き隣人として付き合い始めます。やがて戦争が始まり、有事の非常事態になると、より結束が強まっていきます。


ところがソ連軍の侵攻後、ドラマが大きく動きます。ポーランド人の夫が軍人だったことから夫婦そろって連れ去られ、その後、西方からナチスドイツの軍隊がソ連軍を駆逐し、進軍してくると、ユダヤ人夫婦が収容所へ連行されます。戦争は容赦なく家族を引き裂きます。


それでは子どもたちは――? 最終的にウクライナ人のソフィアが、娘ヤロスラワだけでなく、テレサとディナ、そして彼女の幼い妹の4人を独りで育てていくのです。音楽の先生が彼女たちの母親として、いかなる事態に遭遇しても、子どもたちを守り続けていく。しかも、ソ連軍の再占領下、「子どもには何も罪はない」とドイツ軍将校の幼い息子まで引き取ったのだから、その勇気とたくましさに脱帽です。単に母性愛の強さだけでは説明がつきません。


孤軍奮闘する彼女と恐怖に慄く娘たちの姿がかなりリアルに描かれており、それは想像以上に悲惨で、胸が痛くなりました。戦闘員ではない一般市民の女性と子どもがどうしてかくも苦しまなければならないのか。それが戦争の実態なんですね。今のウクライナの現状が如実に物語っています。


Carol-500-3.jpg監督はオレシア・モルグレッツ=イサイェンコという現在、39歳のウクライナ人女性で、本作が長編2作目です。カメラは終始、女性の目線で、戦争に翻弄される「弱者」を見据えています。監督は「人質」と表現しています。そこには〈怒り〉が渦巻いているように思えました。


ナチスドイツ占領下、ユダヤ人の娘を匿うくだりは、どこか『アンネの日記』を彷彿とさせますが、この映画も脚本家(クセニア・ザスタフスカ)の祖母が体験したことに基づいているそうです。それだけに強いインパクトがありました。

 

ウクライナ人の娘ヤロスラワは、困難な状況に陥ると、自らを励ますように、背筋をピンと伸ばして、『シェドリック』を熱唱します。その姿の何と感動的なこと! ウクライナの歌なのに、ポーランド人とユダヤ人の心も揺さぶります。いくら弾圧や迫害を受けようとも、音楽は普遍です。オレシア監督のこの言葉に胸が衝かれました。「あらゆる国家における文化と伝統が、人間性において最も偉大な宝物なのです」――。

 

先の戦争を描いたドラマですが、決して過去のものではなく、今、現実に起こっている出来事でもあるんですね。だからこそ、観ておきたい一作です。あゝ、ラストシーンが泣けました。

 

武部 好伸(作家・エッセイスト)

公式サイト:https://carolofthebells.ayapro.ne.jp/

配給: 彩プロ 後援:ウクライナ大使館  

©MINISTRY OF CULTURE AND INFORMATION POLICY OF UKRAINE, 2020 – STEWOPOL SP.Z.O.O., 2020

 
 

カテゴリ

月別 アーカイブ