『オズの魔法使』+『悪魔のいけにえ』

＝レトロでポップなミュージカルホラー

今、ホラーが熱い。ホラーと一口に言ってもスラッシャー、スプラッタ、オカルトetc.細かく分ければ十種類以上になるらしい。サスペンスはともかく本格ホラーとなると尻込みしてしまう人も少なくないのでは。しかし、そんなホラー初心者にもとっつきやすいのがこちら。アカデミー賞を席巻した『エブリシング・エブリウェア・オールアットワンス』や『ミッドサマー』のヒットも記憶に新しいA24がこの夏、満を持して送り出すのが本作。タイ・ウェスト監督が夢いっぱいのディズニー要素を大胆に盛り込んだ。あのスコセッシ監督も絶賛した『Ｘエックス』(2022年)の前日譚であり、次回作『MaXXXine』（仮題）を含めた三部作の第二作目だ。

ときは1918年、第一次世界大戦末期。前作が1979年の設定であるから約60年前のこと。テキサスの牧場でドイツ系移民は肩身の狭い思いをしていた。パール（ミア・ゴス）は結婚を機にこの閉鎖的な田舎町から飛び出すことを夢見ていたが、夫はこともあろうに志願兵として戦地へ赴任してしまう。一人取り残されたパールは母と二人で寝たきりの父を介護する日々。楽しみと言えばダンサーを夢見て動物たちを前に踊りながら夢想することだけ。それすらも母親に見咎められ鬱屈した毎日を送っていた。そんなとき、母の目を盗んで行った映画館で映写技師の男と知り合う。さらにヨーロッパ各地を巡業するダンサーのオーディションがあると聞くといよいよ欲求を抑えられなくなり……。

アメリカのクラシック映画が好きなのでオープニングからグッと心を掴まれてしまった。タイ・ウェスト監督が”映画へのラブレター”と表現する通り、題字やキャストのクレジットの出し方に音楽の使い方などオマージュが満載なのだ。それだけでときめいてしまう。劇中もこれは・・・というシーンでは重厚な劇伴が流れる。『Ｘエックス』でも音楽を担当したタイラー・ベイツがフルオーケストラで作り上げた大作である。これがストーリーと絶妙に絡み合い恐怖を掻き立ててくれるのだ。

前日譚と言えば今年公開された『エスター ファースト・キル』が好評だったが、本作は『Ｘエックス』制作以前にすでに脚本を完成させていたというから異例の速さである。しかも主演のミア・ゴスも脚本段階から参加し、セットもロケ地も確保された状態で『Ｘエックス』クランクアップの１ヶ月後には撮影がスタートしたという。スタッフもキャストも熱の覚めないうちに、まさに脂の乗り切った状態で制作されただけあって作品からもその勢いが存分に伝わってくる。

何と言っても主演のミア・ゴスがコワ可愛いのだが、パールの両親の演技もまた素晴らしい。母親役のタンディ・ライトは厳粛、敬虔、冷徹といった言葉を体現し、要所要所で祖国を忘れるな！とばかりに使うドイツ語がそのイメージに拍車をかける。正直、パールより怖いぐらいだが、それに対してあくまで英語で返答するパールの態度が関係性を象徴している。対照的に父親とは心を通わせているのだが、マシュー・サンダーランドの物言わぬ目の演技もまた素晴らしい。怖さが引き立つのは怖がる人がいてこそ。時代設定といい映画の作りといい、いかにもフィクションらしい手法なのに、矛盾なく物語の世界に入っていけるのはキャストの演技の素晴らしさによるものと改めて気付く。

『Ｘエックス』を観た人は必見だが私のように『Pearl  パール』から入っても十二分に楽しめる。むしろ『Pearl  パール』で肩慣らししておいて良かった。エンドロールはパールのアップが続き、一瞬、静止画なのかと思わせつつ、ちゃんと表情に変化があるので最後までお見逃しなく！ 作品ごとに全く違ったアプローチで魅せてくれるこのシリーズ、シリーズ３作目の『MaXXXine』は一体どんなパッケージで見せてくれるのか今から”怖いもの見たさ”全開なのである。

（山口 順子）

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