制作年・国 | 2023年 日本 |
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上映時間 | 123分 |
原作 | 田島列島「水は海に向かって流れる」KCデラックス |
監督 | 前田哲 |
出演 | 広瀬すず 大西利空 高良健吾 戸塚純貴 當真あみ 勝村政信 北村有起哉 坂井真紀 生瀬勝久 |
公開日、上映劇場 | 2023年6月9日(金)~TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ西宮OS、TOHOシネマズ二条他全国ロードショー |
~10年前に止まった心の時計が、動き出すとき~
2015年、是枝裕和監督『海街ダイアリー』で四姉妹の末っ子を演じ、その存在を世に知らしめた広瀬すず。その後、数々の名匠の作品で主演を務め、同世代俳優の中でも特別な存在感を放つ広瀬が、今度は瑞々しい高校生を演じる大西利空のまっすぐな涙を受け止める。そんな新しい化学反応を感じられる主演最新作が、田島列島の傑作漫画を映画化した『水は海に向かって流れる』だ。メガホンを取ったのは、今年だけで本作を含め『ロストケア』、『大名倒産』と3本の映画が公開される前田哲監督。徹底的にシリアスを追求したり、徹底的にエンターテインメントに振り切ったりと、さまざまな引き出しのある前田監督が、本作では主人公たちの情感を大事にした描写に加え、個性豊かな登場人物がシェアハウスで暮らす様子を朗らかに描き、エンタメのスパイスもさりげなく効かせている。10の年の差が大きな意味を持つように思える20代と10代のふたりが、お互いの心の扉を開いていくまでの青春ストーリー。重要なシーンとなる駅舎の風情や、海が見える情景など、魅力的なロケーションもふたりの置かれた現実の厳しさをすこし和らげてくれる。
高校通学のために叔父(高良健吾)の家に居候することになった直達(大西利空)を駅まで迎えにきたのは、大人の見知らぬ女性、榊(広瀬すず)だった。トーテムポールが玄関にそびえる大きな一軒家で再会した叔父は脱サラして、「ニゲミチ先生」と呼ばれる漫画家に転身。一切笑わない榊に、ポトラッチ(先住民の言葉で「贈り物」の意)丼という超豪華な牛丼を振舞ってもらい、ほんの少し受け入れられた気持ちになった直達のシェアハウス生活がはじまるが、依然として榊は決して笑わない。学校では陸上部の楓(當真あみ)と拾った猫がきっかけで親しくなっていくが、直達は榊のことが気になっていた。そんな彼に向かって、榊は「恋愛はしない」と宣言するのだった。
顔にニキビの痕が残る幼さが残る直達が親元を離れて身を寄せる場所は、その世代なら自然と憧れを抱くであろう榊に加え、実は楓の兄で女装占い師の泉谷(戸塚純貴)や文化人類学教授の成瀬(生瀬勝久)と癖の強いキャラクターばかり。訳のわからない大人たちに囲まれた賑やかな日々の中で、強い翳りを放つ榊の苦しみの源に触れたとき、直達の人生も大きく揺れる。怒りを封じ込めて生きてきた、心の中は16歳の高校生のままの榊と、いま、まさにマグマのような怒りを抑えられない16歳の直達。ある過去のできごとの前で向き合ったふたりの心の叫びのような対話は、お互いが次のステップへ進むのに必要な瞬間だった。
榊に心を奪われている直達に向かって、好きの気持ちを伝えるまっすぐな気持ちの楓を演じた新人、當真あみや、榊に辛い思いをさせた母を演じた坂井真紀など、広瀬以外の女優陣たちの好演も光る。自分らしく生きるがために誰かを犠牲にする選択をしても、それを引き受けて生きる母との対峙を経て、榊の止まっていた時計が動き出すとき、彼女がどんな表情を見せるのか。今はどん底にいると思っている人にこそ見てほしい、ほんの少し新たな一歩を踏み出そうと思える作品。スピッツのエンディング曲「ときめきpart1」がふたりの初めての感情を十二分に表現し、素敵な余韻を与えてくれるはず!
(江口由美)
(C) 2023映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 (C) 田島列島/講談社