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『探偵マーロウ』

 
       

marlowe-550.jpghttp://marlowe-movie.com

       
作品データ
原題 MARLOWE
制作年・国 2022年 アイルランド・スペイン・フランス
上映時間 1時間49分
原作 ベンジャミン・ブラック「黒い瞳のブロンド」(小鷹信光 訳 早川書房刊)
監督 監督:ニール・ジョーダン  脚本:ウィリアム・モナハン 
出演 リーアム・ニーソン、ダイアン・クルーガー、ジェシカ・ラング、アドウェール・アキノエ=アグバエ、ダニー・ヒューストン、アラン・カミング
公開日、上映劇場 2023年6月16日(金)~TOHOシネマズ シャンテ、大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ西宮OS、他全国ロードショー


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出演100作目のリーアム・ニーソンが演じる

アイルランド系のダンディーな探偵

 

リーアム・ニーソンといえば、ぼくにとっては、スティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(1993年)で、多くのユダヤ人を救った主人公オスカー・シンドラー役を真っ先に思い浮かべます。昨今はしかし、『96時間/レクイエム』(2014年)や『アイス・ロード』(21年)など、ハラハラドキドキの活劇的なアクション映画で悲壮感あふれるタフガイのイメージが強いですね。古希(70歳)を迎えているのに、よぉ頑張ってはりますわ。


イギリス領北アイルランド出身のアイルランド人で、宗教的には少数派のカトリック家庭で生まれ育ったので、プロテスタント優位の社会でかなり差別を受けてきたことを某メディアで知りました。どこか翳りがあるのは、そういう生い立ちが関係しているかもしれませんね。ハリウッド・スターの派手さがなく、じっくり地歩を固めていく、慎ましやかなタイプですね。


marlowe-500-4.jpgそんなニーソンの銀幕デビュー45周年、出演100本目の記念すべき映画が本作です。ハードボイルド小説の第一人者、レイモンド・チャンドラー(1888~1959年)が生み出した稀代の名探偵フィリップ・マーロウ役。といっても、チャンドラーの原作ではなく、アイルランドの小説家ジョン・バンヴィルが「ベンジャミン・ブラック」の名前で著した『黒い瞳のブロンド』の映画化です。


ぼくは推理小説オタクではありませんが、元ロサンゼルス郡の捜査検事マーロウの凛としたところが大好きです。確固たる道徳観を持ち、紳士然と振る舞う。ひと言でいえば、ダンディズムです。大の酒好きですが、決して溺れない。女性にモテるのに、これまた溺れない。何よりも友情や義理を重んじ、非情に切り捨てることができない、そんな古風なキャラに惹かれます。


marlowe-500-3.jpg映画では、ハンフリー・ボガート、ロバート・ミッチャム、ケーリー・グラント、エリオット・グールドら多くの俳優がマーロウを演じてきましたが、『三つ数えろ』(46年)のボガートがダントツでした。ところが、そのボガートをリーアム・ニーソンが抜き去りました(笑)!


第2次世界大戦の開戦から1か月後、1939年10月のロス。アメリカはまだ参戦していないので、街中はいたって平和そのものです。セピア色がかった映像が、当時の空気感を如実にかもし出しています。古き良き時代のレトロな佇まい、たまりませんね。


marlowe-500-1.jpg場末にあるマーロウの事務所に、セレブ丸出しのブロンド美人クレア・キャベンディッシュ(ダイアン・クルーガー)が訪れ、「突然、姿を消した愛人のニコ・ピーターソン(フランソワ・アルノー)を捜してほしい」と依頼を受けます。彼女は、ハリウッドの名女優ドロシー・クインキャノン(ジェシカ・ラング)の娘です。気だるい雰囲気の中でのやり取りが、映画の世界へと一気に引きずり込んでくれます。


マーロウが調査すると、映画業界で働いていたニコはひき逃げ事故で死亡していたのですが、クレアは「街で見かけた。もう一度、捜してほしい」と懇願するのです。このあと、クレアとドロシー母子のややこしい関係があぶり出され、裕福な映画人がたむろするクラブの支配人(ダニー・ヒューストン)やら、謎めいたニコの妹(ダニエラ・メルヒオール)やら、ひと癖ある実業家(アラン・カミング)やらが次々に登場します。みな、胡散臭い。どの人物もニコと何らかの関わりがあることが分かってきて、どんどんミステリー&サスペンスの深みに嵌っていきます。


marlowe-500-7.jpgどこまでも冷静沈着なマーロウが、ハリウッドの映画界を舞台にした〈闇〉に単身で調査のメスを入れていく。その姿を流れるようなカメラワークで捉え、物語が実にしなやかに展開していきます。映像を眺めているだけでも楽しい。


監督・脚本はアイルランド人のニール・ジョーダン。『クライング・ゲーム』(92年)や『マイケル・コリンズ』(96年)など、北アイルランド紛争やアイルランド独立戦争を題材にした作品には心をくすぐられました。久しぶりの監督作ですが、ブレが全くなく、安心して観ていられ、ニール・ジョーダン、健在とホッとした次第。


marlowe-500-5.jpg原作者、主演俳優、監督・脚本家がすべてアイルランド人。当然ながら、マーロウもアイルランド系に設定されており、アイルランド訛りの英語を話していました。女優のドロシーもアイルランド系らしく、2人がアイルランド語(ゲール語)で挨拶するシーンがあり、思わずニンマリしてしまった。


マーロウは身長が187センチとなっています。つまり長身でないと務まらないのですが、173センチのボカートがよくぞ役に挑んだものです。その点、ニーソンは193センチもあり、十分、「資格」があります。くわえタバコでウイスキーのグラスを手にする仕草、哀愁を帯びたうしろ姿がマーロウそのもので、ハットもよくお似合いでした。


marlowe-500-2(ドロシー・クインキャノン).jpg前述した怪しい実業家の運転手セドリックに扮したイギリスの黒人俳優アドウェール・アキノエ=アグバエの理性に裏打ちされた静穏な振る舞いもカッコよかったです。ドロシー役のジェシカ・ラングの存在感が半端ではなかった。『キングコング』(76年)でヒロイン役でデビューした彼女も今や74歳、銀幕に現れるだけで空気がピシッと引き締まっていました。


物語の時代はハリウッドの黄金期。だから、もう少し映画業界のあれこれを描いてほしかったのですが、まぁ、マーロウが放つ体温や吐息が映像を介して存分に感じ取れたので、満足できました。ドンパチの銃撃戦や過激なアクションとは距離を置いた、大人のミステリー。熟成20年のシングルモルト・ウイスキーのごとき味わいでした。

 

武部 好伸(作家・エッセイスト)

公式サイト:http://marlowe-movie.com

Twitterアカウント@MARLOWE0616

配給:STAR CHANNEL MOVIES

©2022 Parallel Films (Marlowe) Ltd. / Hills Productions A.I.E. / Davis Films

 
 
 
 

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