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『波紋』

 
       

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作品データ
制作年・国 2023年 日本 
上映時間 120分
監督 ・脚本:荻上直子
出演 筒井真理子、光石研、磯村勇斗、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、津田絵理奈、花王おさむ、柄本明、木野花、キムラ緑子
公開日、上映劇場 2023年5月26日(金)~TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、シネ・リーブル神戸、京都シネマ他全国ロードショー
 

~波立つ心をどこに発露するのか?

これはわたしたちの物語~

 
 こんなに終始ヒリヒリするような感覚を覚える映画はなかなかない。というのも、わたしだったら心の中で押し殺してしまう気持ちを、主人公の依子(筒井真理子)は笑うぐらいストレートに言動で示すからだ。その彼女も映画の中ではストレスで真っ黒になりそうな心を浄化し、理性を保つために新興宗教にすがってしまうという設定なのだが。子育て時代の長かった自分にとって、そんな依子の苦しみが他人事とは思えなかった。前作『川っぺりムコリッタ』では孤独に生きようとした男の再生を描いた荻上直子監督。人の心をほぐすような食卓は、『かもめ食堂』から続く荻上印健在と思わせたが、本作の食卓は、壊れゆく家族関係を示し、度々修羅場にもなっている。だからこそヒリヒリするし、リアルだし、その先が観たくなるのだ。さあ、わたしたちの物語は、どこに誘われていくのか。
 
 
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 東日本大震災による福島原発事故のニュースが流れる2010年代前半、高校生の息子(磯村勇斗)と会社員の夫(光石研)がいる依子は、家族に水道水は飲まないこと、雨水に当たると危険だと注意を促す一方、介護をしている義父のお粥づくりにはしれっと水道水を投入する。男たちの世話を一手にする依子の大変さを思う一方、彼女の中に溜まっているストレスの一端をいきなり「水」で表現するとは!しかも夫が突然失踪し、ここでも魂を浄化するとうたう「水」が登場する。依子が新興宗教に救いを求め、祈りを捧げる日々がスタートするのだ。
 
 
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 アルバイトをしながらようやく義父を看取って夫が手入れをしていた花壇も一掃、小石を敷き詰めた枯山水の庭に仕立て、自分のために生きはじめた依子。そこに、ガン宣告された夫が帰ってきたら「今さら」という言葉しかでないのは当たり前。新興宗教の教祖の優しい声かけや、信者仲間とのルーティーンの祈り・踊りの中にいれば心穏やかに過ごせていたのに、莫大な治療費や息子が帰省時に同伴した彼女のことで、追い詰められる依子の心には常に波紋が広がっていく。各人が広げる波紋を客観的に見せる演出や、スーパーのパートから家に戻る自転車での帰り道に鳴り響く鼓動のようなフラメンコの手拍子(パルマ)と緩急をつけながら、依子が向き合う波乱万丈な日々を映画的表現で見せ、観客のボルテージもどんどん上げていくのだ。
 
 
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 一度入信してしまうと脱することの難しい新興宗教での活動ぶりを乾いた笑いに昇華する一方、木野花が演じるパート仲間から水泳に誘われ、サウナで汗を流しながら悩みを打ち明ける姿はまさしく主婦あるあるのストレス解消法だと膝を打った。家族でも入信者でもない仲間の存在は依子の波紋だらけの心を、別のベクトルに動かしていく。もがいた先にどんな光が見えるのか。その光は実は自分の中にあるのではないか。不寛容さや差別心を持つ人間の性をさらけ出すだけでなく、それらを乗り越えた強さが滲む圧巻のラストに、この世界への一縷の希望を託した荻上監督の心意気が見えた。
(江口由美)
 
 
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公式サイト⇒https://hamon-movie.com/ 
©2022 映画「波紋」フィルムパートナーズ
 
 
 

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