原題 | 原題:Une Belle Course |
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制作年・国 | 2022年 フランス |
上映時間 | 1時間31分 |
監督 | クリスチャン・カリオン(『戦場のアリア』『フェアウェル さらば、哀しみのスパイ』) |
出演 | リーヌ・ルノー(『パリ、18区、夜。』『女はみんな生きている』)、ダニー・ブーン(『戦場のアリア』『ぼくの大切なともだち』『ミックマック』) |
公開日、上映劇場 | 2023年4月7日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、kino cinema 神戸国際 ほか全国公開 |
~人生を回顧する、時空を超えた魅惑的なロードムービー~
不特定多数の人を乗せる密室状態のタクシーは、乗客と運転手との間にドラマが生まれる可能性が高いので、映画の題材になりやすいですね。両者の個性が光ると、なおさらです。ざっと思いつくだけで、こんな映画がありました。
ロバート・デ・ニーロの凄さが際立ったアメリカの社会派映画『タクシードライバー』(1976年)、スピード狂の運転手に引きずり込まれたフランスのアクション映画『TAXi』(98年)、光州事件へとなだれ込む韓国映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2018年)……。日本映画だと、在日コリアンの運転手を主人公にした『月はどっちに出ている』(1993年)が忘れ難いです。
本作『パリタクシー』は純然たるフランス映画ですが、『TAXi』とは真逆の作品です。何せ、一人の人生を滋味深く浮き彫りにしていくのですから。パリの情景はもちろんのこと、運転手と乗客のやり取りと空気感が素晴らしく、非常に魅惑的なロードムービーに仕上がっています。しかも朝から晩までの12時間くらいの設定で、かくも濃密なストーリーを構築した脚本家に敬意を表します。
中年のタクシー運転手シャルルは、働き詰めなのに、金欠で、家族を養っていくのにあたふたとしており、常にしかめっ面で、〈負のオーラ〉をまき散らしています。誰しもそんな状況に陥れば、同じようになるでしょうが、そこは接客+サービス業、プライベートなことには蓋をし、グッと我慢せなあきません。しかし、この男、それができない。プロとして失格ですがな。ぼくが客なら、絶対に乗りたくないです。
そんなタクシーに、見るも上品な高齢の婦人マドレーヌが客として乗り込みます。御年、92歳。住み慣れた高級住宅を手放し、介護施設に入るためにタクシーを呼んだのです。パリ市街の郊外から反対側の郊外まで、南東から北東へと横断するコースで、ざっと20キロ。運転手にしては〈オイシイ仕事〉です。
この女性、空気が読めないのか、あるいは空気を読んでのことか、不愛想なシャルルに自分の生い立ちをベラベラと話し始めます。運転手にしては迷惑この上ない。最初はうわの空で聞いていましたが、次第に、「〇〇〇へ寄ってちょうだい」「△△△へ行きたいので……」と次々と指示が出され、短気な男とあって、キレかかります。
そのとき、マドレーヌがええことを言いはるんですわ。「長い人生の10分なんて、たいしたことないわよ」――。この言葉、どこかで使たろ。他にもこんな素敵な言葉をさり気なく口から出てきます。「笑ったら若返るけど、怒ったら老けてしまう」――。うーん、これもどこかで使わなソンや(笑)。
もとい! 彼女が立ち寄った場所は、いずれも自らの人生において大きな影響を受けた場所でした。そのうち、シャルルが知らぬ間に彼女の語りに引き込まれ、聞き入ってしまうのですが、その流れがすごくスムーズで、全く白々しくなかった。そして気が付くと、2人は親子のような間柄に……。
マドレーヌの人生はかなりドラマチックです。第二次大戦の末期、パリを占領していたドイツ軍に反抗した父親(レジスタンスだったのか?)が射殺され、その後、パリを解放しに来たアメリカ軍の兵士マットと熱い恋仲になります。このとき彼女は思春期真っ盛りの16歳。3か月後に恋人は帰還してしまったけれど、一人息子を授かっていました。
このあと、子連れのままレイという男と結婚するも、非常に辛い生活を送ることになります。この部分が物語の核になるので、これ以上、言及しません。興味深かったのは、自由の国であるフランスですら、1950年、60年代は女性の地位が低く、男尊女卑が当たり前だったことです。既婚女性は夫の承諾なしには何も活動できなかったとは……。
この映画は、こうしたフランスのかつての社会事象や世相を盛り込ませていたので、重層的な面白味がありました。当時は、アメリカの影響が大で、音楽はシャンソンと並び、ジャズのスタンダードが大流行り。劇中、その心地よいメロディーがマドレーヌの語りと見事にシンクロしていました。
シャルル役のダニー・ブーンは元コメディアンですが、この映画を観る限り、性格俳優丸出しですね。マドレーヌとの距離感が狭まるにつれ、だんだん心に潤いが出てくる辺り、丁寧に演技をしていました。
一方、マドレーヌに扮したリーヌ・ルノーは当地では有名なシャンソン歌手とか。ぼくは全く知りません。マドレーヌが大らかで寛容なのは、過酷な人生を歩んでいたからなのでしょう。そこのところをこの女優も体の内面から出していたように思えました。年齢もほぼ同じです。ブーンとはプライベートで仲が良いとみえ、阿吽の呼吸でしたね。
全編、パリの街中で撮影したと思いきや、タクシーの車内でのやり取りは、スタジオで撮影されていたんですね。パリの光景を撮った映像をL字型のスクリーンに投影し、あたかも街中を走行しているように見せかけたとは、恐れ入りました。
寄り道が多く、途中、休憩や食事を挟んでいたけれど、はて何キロほど走行したのかな? それと料金がナンボやったんかな? ぼくは庶民の子とあって、そのことが気になって仕方がなかったです。日本なら、15万円ほどでしょうかね。
予定調和的な結末でしたが、それでも、「人との出会いはドラマを生む」という定義を見事に映像化し、ぼくは感涙してしまいました。『戦場のアリア』(2005年)を演出し、出演者のダニー・ブーンに演技を目覚めさせたクリスチャン・カリオン監督、実にしなやかな作品を作ってくれました!
日本版なら、シャルル役が赤井英和、マドレーヌ役が司葉子。想定外の組み合わせですが、あきませんかね?
武部 好伸(作家・エッセイスト)
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/paristaxi/
後援:在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
配給:松竹
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