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『非常宣言』 

 
       

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作品データ
原題 原題:비상선언 英題:Emergency Declaration
制作年・国 2022年 韓国 
上映時間 2時間21分
監督 ハン・ジェリム(『優雅な世界』『観相師 かんそうし』『ザ・キング』)
出演 ソン・ガンホ、イ・ビョンホン、チョン・ドヨン、キム・ナムギル、イム・シワン、キム・ソジン、パク・ヘジュン
公開日、上映劇場 2023年1月6日(金)~梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、シネマート心斎橋、T・ジョイ京都、109シネマズHAT神戸 ほか全国ロードショー

 

地上と機上、28,000フィートの狭間で突きつけられる究極の選択

 

 「非常宣言とは正常な運航が不可能になった場合に緊急着陸を要請するものである」――。

SNS上でテロをほのめかす動画が出回り、ク刑事(ソン・ガンホ)は妻との休暇を返上して捜査に当たっていた。やがて愉快犯かと思われたその男の周辺から原因不明の変死体が発見される。同じころ元パイロットのパク(イ・ビョンホン)は妻と別れ幼い娘と共に空港にいたが、娘がある秘密を知ったことで怪しい男(イム・シワン)につけ狙われるようになる。かくしてク刑事の妻、パク親子、そして怪しい男を乗せた飛行機は一路ハワイに向けて飛び立つのだが、その機内で乗客が謎の死を遂げる。地上と機上の二つの死の因果関係が明らかになる頃、機内はパニックとなり、やがて国土交通大臣(チョン・ドヨン)が乗り出す大事件に発展してゆく。


hijousengen-500-1.jpgソン・ガンホとイ・ビョンホンという二大スターの共演となる本作は航空機にバイオテロが仕掛けられるという本格パニック映画。テロや墜落の物理的恐怖と乗客同士が疑心暗鬼になってゆく心理的恐怖の両方が乗客に襲いかかる。上空28,000フィートを運航中の機内で起こる事件を捜査するのは地上にいる刑事たち、二か所で刻々と変化する局面を同時進行で展開させながら緊張感を損なうことなく見せる。とくに犯人役のイム・シワンの存在感は抜群。これまで爽やかな役が多かったが、本作で見せる不気味さは今後のますますの活躍を予感させる。


hijousengen-500-2.jpgまた、特筆したいのは今作で使われた360°回転式の航空機のセットである。手掛けたのは「新感染 ファイナル・エクスプレス」で韓国高速鉄道KTXを作り上げたイ・モクウォン美術監督。30年もののボーイング777機をアメリカから空輸し、本体と部品を活用して作った機体は本物さながら。もちろんCGを駆使しているが手持ちカメラと組み合わせたことで緊迫感が増した。観客が実際に飛行機に乗っている感覚を、とのもくろみは大当たりで機体が制御不能になるシーンには思わず声がもれそうになる。


hijousengen-500-6.jpg善意にも悪意にもなり得る人間の心情や思い込みが群集心理として大きなうねりになったとき可視化される。韓国作品で最も惹きつけられるのは、これを善悪という尺度でなくごく当たり前に描いているところ。SNSの情報は裏付けや内容を精査する間もなく瞬時に駆け巡りそれを鵜呑みにした人々は右往左往する。また、報道も経過を切り取ったものに過ぎず何が正しいのか見極めようのないなか加熱する民衆はやがて思い思いの行動に走り始める。ハン・ジェリム監督が脚本を書き上げたのはコロナ渦の前だが、いやが上にも今の世相を連想させ観ているこちらも息苦しくなるほどだ。


hijousengen-500-3.jpgそして、この作品の最大のドラマは非常宣言を出した後。どう決着をつけるのか映画の筋書きもさることながら実際の外交問題にまで想像が働いてドキドキさせるところが絶妙だ。そんなとき情報戦よりひたすら肉体を駆使して奮闘する男たちの姿がいっそう眩しく映る。しかし、その姿は決してヒーロー然としたものではなかった。今作の「新感染-」との共通点は実は美術だけではない。完全無欠のヒーロー像というものが流行らなくなって久しいが、苦悩するヒーローという訳でもなく、それは家族を守るために戦うお父さんの姿だった。人生は選択の連続だが、選択は一瞬でも選んだ結果はその後も続いてゆく。それぞれの選択をした人物が静かに佇むラストが深く胸に残る、見どころ満載の作品。

 

(山口 順子)

 

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