原題 | The Banshees of Inisherin |
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制作年・国 | 2022年 イギリス |
上映時間 | 1時間54分 |
監督 | 監督・脚本:マーティン・マクドナー 『スリー・ビルボード』 |
出演 | コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガンほか |
公開日、上映劇場 | 2023年1月27日(金)~イオンシネマシアタス心斎橋、TOHOシネマズ(梅田、なんば、西宮OS)、MOVIX京都、京都シネマ、OSシネマズミント神戸 他全国公開 |
受賞歴 | 第79回ヴェネチア国際映画祭男優賞【コリン・ファレル】脚本賞【マーティン・マクドナー】受賞! |
~歯車が狂い出す2人のアイリッシュメンの哀歌(エレジー)~
「ケルト」を執筆テーマの1つにしている身として、『イニシェリン島の精霊』はグサッと心に突き刺さる映画です。アイルランド西海岸に浮かぶ辺境の島を舞台にした濃密なヒューマン・ドラマで、映し出される光景や世界観が非常に「ケルト」っぽいからです。そこに歴史も大きく関わってきます。もう、たまりませんわ。ぼくのために作られた映画だと思ったほどです(笑)。
『The BANSHEES of INISHERIN(イニシェリン島のバンシー)』という原題に惹かれました。「バンシー」とは、人の死を予告する不吉なケルトの妖精で、とても意味深に思えたのです。ちなみに、「INISHERIN(イニシェリン)」というのは、ケルト語の一種アイルランド語(ゲール語)で、もろに「アイルランド島」のことです。だから、直訳すれば、「アイルランド島のバンシー」なんですね。島自体は架空の島。
物語の時代が非常に重要です。アイルランドの国と国民が二分された内戦最中の1923年。12世紀以降、アイルランドはイギリスの植民支配下にありましたが、独立戦争によって念願の自治権を得ようとした時、北部6県(現在の北アイルランド)をイギリス領に残す妥協案を受け入れた暫定政府に対し、全島の完全独立を求める反対派が立ち上がり、両者の間で抗争が起きました。それが内戦です。
兄弟、友人同士で殺戮が行われ、その悲惨な様子は、名匠ケン・ローチ監督の代表作『麦の穂をゆらす風』(2006年)で詳しく描かれています。イニシェリン島ではしかし、時折り本土の爆音が聞こえるものの、内戦とは無縁で、島民はいたってのどかに暮らしています。
冒頭、それもいきなり、お人好しのパードリック(コリン・ファレル)が、年長者のフィドル奏者コルム(ブレンダン・グリーソン)から「おまえが嫌いになった」と絶交を言い渡されます。2人は毎日、午後2時になると一緒にパブへ行き、ビールを飲みながら四方山話に花を咲かせていた、大の親友だったのに……。
えっ、えっ、何でやねん? パードリックは困惑し、激しく動揺します。それはそうでしょう、何の落ち度もないんですからね。誰だってそうなります。何だか、愛情を注いでいた恋人から突然、フラられた状況みたい。辛いなぁ。
そのうち理由がはっきりしてきます。ここでは明かしませんが、パードリックの心をかなり傷つけるシビアなもので、彼はますます落ち込み、島内きっての秀才肌で、読書好きな妹シボーン(ケリー・コンドン)や隣家の風変わりな青年ドミニク(バリー・コーガン)に相談するも、埒が明きません。
やがて内面に痛みが生じ、さらには憎しみと怒りの炎が燃えたぎってきます。そこにコルムの予期せぬ行動が拍車をかけ、2人は抜き差しならぬ状況へと突き進んでいくのです。加速度的に事態が悪化していくのが恐ろしい。狂い始めた歯車が次第に島全体に不協和音を生み出していくところがミソです。
なぜ、ミソなのか? それは2人の関係を、同胞のアイルランド人が互いに殺し合い、分断を推し進めた内戦と同じ文脈で捉えられているからです。個人であれ、集団であれ、国家であれ、ひと度、ぶつかり合うと、なかなか修復できないという不文律(負の連鎖)を認識させてくれます。だからこそ争い事はしないに越したことがありません。
そういう不穏な状況の中、不気味な笑いをたたえる老婆ミセス・マコーミック(シーラ・フリットン)が折に触れて登場します。彼女がバンシーなのでしょうか。じっとして事態を眺め、ナゾめいた言葉を放つだけなのですが、得も言われぬパワーを感じさせ、どこかケルト神話の世界を彷彿とさせます。
出演者がみなアイルランド人俳優です、ファレルとグリーソンはハリウッド映画でもお馴染みですが、共にダブリン出身で、本作ではいかんなく生粋のアイリッシュマンを演じ切っています。2人の演技の激突が見どころの1つです。
監督は、アメリカ中西部の田舎町での人間模様をあぶり出した『スリー・ビルボード』(2017年)で高く評価されたマーティン・マクドナー監督。イギリス人ですが、アイルランドにルーツがあり、純粋なアイルランドの映画を撮りたくて、この作品を手がけたそうです。資本的にはイギリス映画ですが……。
マクドナー監督は、『スリー・ビルボード』とよく似たタッチで、孤独と友情に引き裂かれ、破滅していく2人の男の物語を「哀歌(エレジー)」として綴っています。全体を覆うサスペンス色がなかなか秀逸です。
ロケ地は、アイルランド西域に浮かぶ、木が1本もない、石と岩だらけのアラン諸島のイニシュモア島と、本土と橋で結ばれている北西部メイヨー県のアキル島です。イニシュモア島には2度、訪れたことがあり、向こうの岬の上に古代の要塞ドゥン・エンガサが望めるパードリックの家が建てられた場所が特定できました。
この島は年々、観光化してきていますが、今なおゲール語が日常語として話されており、荒涼で楚々とした風情に触れると、「最果ての島」に来たと実感せざるを得ません。電気が通じたのが、何と1974年~!
イニシュモア島といえば、1934年にアメリカのドキュメンタリー映像作家ロバート・フラハティーのセミ・ドキュメンタリー映画『アラン』を思い浮かべます。厳しい自然の中で、自給自足の暮らしをする島民の生きざまに吃驚しましたが、本作の時代はそれよりも11年前です。申し分のない映画なんですが、もう少し当時の生活臭を盛り込んでもらいたかったです。
こうしたロケーションと不吉な妖精バンシーの化身などを絡ませたことで、この映画には「ケルト」的な空気が充満しており、流暢な語り口から、ぼくには「ケルト」の民話のように思えました。やや教訓めいているので、寓話かな。ともあれ、満足、満足。
武部 好伸(エッセイスト)
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配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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