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『ケイコ 目を澄ませて』

 
       

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作品データ
制作年・国 2022年 日本 
上映時間 1時間39分
原作 原案:小笠原恵子「負けないで」(創出版)
監督 監督:三宅 唱  脚本:三宅 唱、酒井雅秋
出演 岸井ゆきの、三浦誠己、中島ひろ子、佐藤緋美、仙道敦子、松浦慎一郎/三浦友和
公開日、上映劇場 2022年12月16日(金)~シネ・リーブル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸 ほか全国公開


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~どこまでも静かな、それでいて熱く、美しいボクシング映画~

 

ひょっとしたら、スポーツ映画で一番多く取り上げられたジャンルはボクシングかもしれませんね。『ロッキー』(1976年)、『レイジングブル』(80年)、『シンデレラマン』(2005年)、『グリード チャンプを継ぐ男』(15年)……など枚挙にいとまがありません。邦画にしても、『どついたるねん』(85年)、『ラブファイト』(08年)、『ボックス!』(10年)、『あゝ、荒野』(17年)……など次から次へと出てきます。


その中で、女性ボクサーの映画は、ヒラリー・スワンクがアカデミー賞主演女優賞を取った『ミリオンダラー・ベイビー』(04年)と安藤サクラが熱演した『百円の恋』(14年)ぐらいでしょうか。本作『ケイコ 目を澄ませて』もそうなんですが、かなり異色作といえます。なぜなら、こんな静かなボクシング映画を観たことがなかったからです。どうしてか? それはヒロインが生まれつきの聴覚障がい者だから。


keikomewosumasete-500-1.jpg現在、日本で活躍しているプロの女性ボクサーは80人ほどいるらしいですが、ろうあ者は男女を問わず、小笠原恵子さんだけだと思います。2010年にデビュー戦で1回KO勝ちを果たし、4戦で3勝1敗の成績を残しました。2011年、自身の体験を綴った『負けないで』が出版され、メディアで注目されたのを覚えています。現役引退後、格闘技と手話を一緒に習うというユニークな教室を主宰しているらしいです。


本作は、この女性ボクサーをモデルにした映画です。映画化を依頼された三宅唱監督は、単なるボクシング映画ではなく、何よりも彼女の生き方と魂を表現すべく、大胆にアレンジした脚本を自ら書き上げ、製作に臨んだそうです。


keikomewosumasete-500-8.jpg東京の下町にある古ぼけたボクシング・ジムに通うケイコは、ジム仲間が挨拶しても、少し頷くだけでまったく愛想がありません。聴覚障がい者なので、話すこともままならず、常に寡黙を保っている実におとなしい娘です。そんな彼女がグローブを付けた途端、ファイターに変身し、パンチをバンバン繰り出します。まだまだ粗いボクシングですが、ファイティング魂は人並み以上で、何があっても挫けません。リング上で見せる鷹のような鋭い目付きにそれが凝縮されていました。


耳が聴こえないのはボクサーとして計り知れないほどのハンディがあります。練習ではメモや簡単な手話を使ってトレーナーとコミュニケーションを図れますが、いざ試合となると、トレーナーのアドバイスはおろか、レフェリーの声や応援してくれるサポーターの声援も耳に入ってこないので、かなり不利な条件で闘わなければなりません。


それを承知の上で、グイグイ突き進んでいくケイコの姿にぼくはいつしか共感し、「ファイト! ファイト!」と励ましていました。物凄いエネルギーが伝わってきます。そういうひたむきさに弱いんです。


keikomewosumasete-500-5.jpg1回戦、2回戦と順当に勝ち進んでいった彼女が、その後、突然、闘う気力が失せていきます。そこのところが映画のキーポイントでした。果たしてこのままプロボクサーとして進むべきか、それとも転身すべきか、その迷いが1人の若い女性の〈心のざわめき〉として描かれていました。苦悩する彼女を、ジムの会長(三浦友和)、母親(中島ひろ子)、ミュージシャンの弟(佐藤緋美)、同じ聴覚障がい者らがサポートします。彼らとケイコとの距離感が絶妙で、変に押しつけがましくないのが好感を持てました。


同時に、都市開発の波に飲み込まれ、ジムが閉鎖に追い込まれていくプロセスが得も言われぬ悲哀を誘います。〈昭和〉という時代が完全に瓦解するのだ、という風にぼくは受け止めました。『あしたのジョー』しかり、時代に取り残されたボクシング・ジムというのは理屈抜きに心に突き刺さりますね。


keikomewosumasete-500-7.jpgそういう時代の空気感を出すために、三宅監督はあえて16ミリフィルムで撮影したそうです。確かにどこか時代がかっていて、独特な肌触り感がこの映画にピッタリ合っていました。細部までクリアに見せ切る昨今のデジタル映像とは異なり、生々しくて温かく、ボクサーの肉体も妙になまめかしく感じられました。


試合のシーンが異色でした。ケイコの視線になったとき、ピタッと音がなくなるのです。ふつうはバシッというパンチを受けた音、激しい息づかい、歓声などが聴こえますが、静謐なリングが映っています。これは誠に不思議な感覚でした。そして観客の目に変わると、いきなり音が溢れ出します。


keikomewosumasete-500-2.jpgケイコに扮した岸井ゆきのの迫真の演技が光っています! 作家、角田光代の原作を映画化した歪な恋愛映画『愛がなんだ』(2019年)で脚光を浴びた彼女が、本作ではハンディを背負ったボクサーを演じ切り、どこか一皮剥けたような気がしました。


クランクインの3か月前から、ボクシング経験のあるトレーナー役の松浦慎一郎から基本的なことを教えてもらい、特訓を受けていたそうです。一緒にトレーニングを積んだ三宅監督とスパーリングもやったというからスゴイ! いっさい妥協せず、とことん役作りにのめり込んだ結果が、ちゃんと銀幕に反映されていましたね。


ボクシング映画には、躍動的な音楽が付き物です。『ロッキー』のクライマックス・シーンは、あの有名なテーマソングが重なってこそ効果が出ました。しかるに、本作では音楽がありません。これも聴覚障がい者が主人公だからでしょう。どこまでも静かな映画なのに、熱く、美しい映画でした!

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト:https://happinet-phantom.com/keiko-movie/

配給:ハピネットファントム・スタジオ

©2022 「ケイコ 目を澄ませて」製作委員会/COMME DES CINÉMAS

 
 

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