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『ペルシャン・レッスン 戦場の教室』

 
       

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作品データ
原題 原題:Persian Lessons  
制作年・国 2020 年 ロシア、ドイツ、ベラルーシ合作
上映時間 2時間9分
監督 監督:ヴァディム・パールマン(『砂と霧の家』『ダイアナの選択』) 脚本:イリヤ・ゾフィン
出演 ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート、ラース・アイディンガー、ヨナス・ナイ、レオニー・ベネシュ
公開日、上映劇場 2022年11月11日(金)~kino cinéma立川髙島屋S.C.館、11月18日(金)~アップリンク京都、11月25日(金)~シネ・リーブル梅田、12月2日(金)~シネ・リーブル神戸 ほか全国順次公開


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~〈記憶力〉で命を繋いだ収容者の壮絶な戦争秘話~

 

第二次世界大戦中、ナチスのホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)の一環として、支配地域に強制収容所(一部、絶滅収容所)がいくつも設立され、そこでの死と隣り合わせの過酷な実像を描いた映画が数多く作られてきました。『シンドラーのリスト』(1993年)、『ライフ・イズ・ビューティフル』(1997年)、『黄色い星の子供たち』(2010年)……などしかり。


実話に基づいた映画が多く、本作もその一つですが、「えっ、まさかそんなことがあったとは~!?」と驚きを禁じ得ませんでした。前回取り上げた『アムステルダム』と同様、知らないことが多いですねぇ。脱走や連合軍による解放で収容所から生き延びたユダヤ人の中には、奇抜な方法で命を繋げていた人が少なからずいたそうです。しかしこの映画の主人公のケースは初めて知りました。


persian-500-3.jpg開戦3年目、1942年の北フランス。ドイツ軍に占領されていたこのエリアでは、「ユダヤ人狩り」が公然と行われ、ベルギー・アントワープ出身のユダヤ人青年ジル(ナウエル・ペレーズ・ビスカヤート)も捕まり、処刑されそうになりました。


その時、とっさに親衛隊員にペルシャ語の本を見せ、「ぼくはペルシャ(イラン)人です!」とウソをつき、一命を取り留めます。その本は、トラックで搬送されていたとき、隣の男からパンと交換してくれと言われ、しぶしぶ受け取ったものです。もしその男から声をかけられなかったら……。人生、どこでどうなるのかわかりませんね。


persian-500-2.jpg当時、イランはイギリスの勢力下で、いわば「敵国」でしたが、ドイツからほど遠く、おそらくペルシャ人の風貌を知っているドイツ人はほとんどいなかったでしょう。強制収容所へ連行されたジルは、調理を担当する親衛隊のコッホ大尉(ラース・アイディンガー)に突き出され、そこから本筋がスタートします。


彼が命を救われたのは、コッホがイランの首都テヘランでドイツ料理店を開きたいという夢を抱いており、そのためペルシャ語の習得が必修だったからです。そこでジルを過酷な砕石場ではなく、比較的楽な調理室で働かせ、空いた時間にペルシャ語の個人レッスンを受けるようにしたのです。いわば、えこひいきによる特別待遇です。


persian-pos.jpgひ弱なので、強制労働に向いていないジルは安堵するも、ペルシャ語が一言も話せない。さぁ、どうする。正体を隠し貫き通すことができるのか~!? ぼくなら即、ギブアップしますが、彼は開き直るんです。ペルシャ人を演じ、「ロザ」という偽名で、ペルシャ語の「先生」になりきりました。ウソで塗り固めた詐欺師と同じ。バレたら、一巻の終わり。このシチュエーションが緊迫感をはらませ、物語を引っ張っていきます。


マンツーマンの語学レッスン――。そんなことができるのかと思いきや、ジルはやってのけるんです。もちろん、正しいペルシャ語は無理なので、すべてニセの言葉ででっち上げ。しかし単語が増えるにつれ、だんだん覚えきれなくなります。しかも簡単な日常語を教えてくれとコッホは要求してきます。またまた、大ピンチ! それでも、何とか奇策を生み出していきます。


persian-500-1.jpgここで活かされるのが〈記憶力〉。といっても、人間には限度があります。コッホの計らいで、調理室の雑用係から収容者名簿の記録係に変わってから、あっと驚く方法でペルシャ語の単語をどんどん生み出していきます。確かにそれなら、覚えやすい。でも、かなりハードルが高い方法です。彼は言葉を忘れないよう、常に努力していました。えっ、どんな方法かって? それは見てのお楽しみ、ウフフ~。


ジルは小賢しいというか、実に機転が利き、判断力に長けています。それにめちゃめちゃ運がいい。冒頭での救命のくだりが最たるものですが、イラン系のイギリス兵が捕虜になって収容所へ連れて来られたとき、これでジ・エンドと思ったら、まさかの展開が用意されていました。


persian-500-4.jpg“教え子”となったコッホとの関係も見どころの一つです。この男、他者には厳しいのに、ジルに対しては温和な表情を覗かせます。この二面性がドラマの軸になっていました。戦争がなければ、ちょっと気難しいけれど、気のいい料理人だったのでしょうね。当初はジルのことを100%信じていなかったのに、レッスンを通じて少しずつ疑惑が晴れ、〈主従関係〉から奇妙な〈信頼関係〉が芽生えてくるところが非常に面白い。


ジルがペルシャ人ではないと信じ、絶対に化けの皮を剥がしてやると思っている親衛隊の兵長マックス(ヨナス・ナイ)の存在が何とも不気味で怖く、ハラハラドキドキさせてくれます。サスペンス色を加味させるうってつけの人物でした。


persian-500-5.jpgそれにしても、主人公に扮した俳優が巧い! おどおどしながらも、どこか抜け目のない役どころを軽やかに演じ、メリハリも利いていて、すっかり魅せられました。この人、何とアルゼンチン人なんですね。ペルシャ人と思えば、そう見えましたが……。スペイン語をはじめドイツ語、フランス語、イタリア語を操れるようで、劇中、ドイツ語、フランス語、イタリア語を流暢に喋ってはりました。


圧倒的なリアリズムで、収容所内のおぞましい世界を再現させたヴァディム・パールマン監督は、ソ連時代のウクライナ共和国で生まれ、難民としてヨーロッパへ渡り、その後、カナダで活躍している映画人です。非常に重い映像なのに、それでいて少し〈ゆとり〉を感じさせてくれました。


パッと晴れ間が現れるラスト・シーンにはうならされた!

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト: https://movie.kinocinema.jp/works/persianlessons

配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ 

HYPE FILM, LM MEDIA, ONE TWO FILMS, 2020 ©

 
 
 
 

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