原題 | RADIOACTIVE |
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制作年・国 | 2019年 イギリス |
上映時間 | 1時間50分 |
原作 | ローレン・レドニス |
監督 | 監督:マルジャン・サトラピ 脚本:ジャック・ソーン 製作:ティム・ビーヴァン |
出演 | ロザムンド・パイク、サム・ライリー、アナイリン・バーナード、アニャ・テイラー=ジョイ |
公開日、上映劇場 | 2022年10月14日(金)~kino cinéma横浜みなとみらい、kino cinéma立川髙島屋S.C.館、kino cinéma天神、シネ・リーブル梅田、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸 他全国順次公開 他全国順次公開 |
~いま観るべき21世紀を生きるわたしたちの物語~
キュリー夫人と言えば小学生の頃、図書館にずらりと並んだ伝記集のなかで第一巻に収録されていた。世界で初めてラジウムとポロニウムを発見しノーベル物理学賞とノーベル化学賞の二冠に輝いた化学者だ。女性としては初の快挙。ただ、同級生たちと背表紙の名前を順に読み上げながら不思議に思ったのは”夫人”がついていたこと。
マリア・スクウォドフスカ(マリ・キュリー)は1867年ポーランドに生まれる。24歳の頃パリに渡りソルボンヌ大学に籍を置くが、女性蔑視の激しかった時代にあって主義主張を曲げないマリは研究室を追われる。そんなマリに手を差し伸べたのが後に夫となるピエール(サム・ライリー)だった。やがて二人の間に愛情が芽生え共同研究をするようになる。鉱石を何トンも取り寄せ、来る日も来る日も素手で金槌をふるい粉砕しては抽出・精製するという途方もない作業の繰り返しに四年を費やしたという。その執念たるや凄まじいものがあるが、この逸話こそが彼女を端的にあらわしている。
そんなマリ・キュリーを演じるのはロザムンド・パイク。「ゴーン・ガール」(2014)で見せた殺人者の鬼気迫る表情には背筋が凍る思いだったが、本作でもあの怪演に勝るとも劣らない迫力を見せている。監督はフェミニズム的観点から女性監督が望まれ、マルジャン・サトラピに白羽の矢が立った。冒頭の素朴な疑問も実はここに繋がっていた訳である。マリはアカデミーとの対立や一度目の受賞式の招待状がピエールにしか届かなかったことで深い葛藤を抱える。しかし、女性であることよりサトラピ監督の経歴や人となりこそが作品に厚みを与えているように思う。マリ同様、イラン生まれの移民であること、自伝的コミックをアニメ化しカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞した「ベルセポリス」(2007)を手掛けた経験。また、1961年のアメリカ・ネバダ州での放射能体験ツアーの描写には目を覆いたくなるが、これも移民としての客観的な視点ではないだろうか。
未知の世界を切り開いてゆく高揚感で引っ張ってゆく前半から一転して、後半は科学技術の功罪へと鋭く切り込んでゆく。ラジウムとはすなわち放射性物質であり、レントゲンやX線治療へと飛躍的に医学を発展させた一方で放射能という人体に壊滅的な被害を与える側面もある。「キュリー夫人」は1943年にも映画化されているが、両作品が決定的に違うのは本作には放射能による「その後」の被害が描かれていることだ。広島への原爆投下、チェルノブイリの原発事故。研究成果と被害映像をオーバーラップさせ時空を超えて因果関係を露わにしている。19世紀の物語は150年を経ても解決しきれない問題を孕んでいたのだ。
この作品はマリ・キュリーの偉業を讃えるだけでなく、科学技術との適正な付き合い方とはどうあるべきなのかと問いかけてくる。そして、入り口は一個人の人生譚だが出口は全世界に影響を与えた途方もない物語である。核による危機が高まりつつある今こそ観るべき物語であり、後世まで語り継がなければならない物語だと思う。
描かれる内容は非常に重たく息詰まるものもあるが、映画的な美しさも忘れてはならない。時代背景や学術的な内容から堅苦しくなりそうなところをしなやかに描いた。全編を通して光が象徴的に使われ、二人が再会するシーンの幻想的な美しさは忘れがたい。人間らしい情愛を描く場面もあり、歴史上の人物に血肉を与えみごとに立体的に見せた。歴史的な意味を差し引いたとしても、とても豊かで見応えのある作品。
(山口 順子)
公式サイト: https://movie.kinocinema.jp/works/radioactive
提供:木下グループ 配給:キノフィルムズ
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