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『千夜、一夜』

 
       

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作品データ
原題  
制作年・国 2022年 日本
上映時間 2時間6分
監督 久保田 直
出演 田中裕子、尾野真千子、安藤政信、ダンカン、白石加代子、平泉成、小倉久寛他
公開日、上映劇場 2022年10月7日(金)~シネ・リーブル梅田、なんばパークスシネマ、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸ほか全国ロードショー

           

“待つ”という時間は、

人の何を変え、あるいは何を置き去りにするのか

 

先日、“タイパ”なる新語をテレビのワイドショーで紹介していました。タイパとは、タイムパフォーマンスの略で、まあ、手っ取り早く言えば、「時短」をめざす言葉といえましょうか。最近の、特に若者は、スマホで気に入った曲を探すという習性があり、イントロの長い曲はまだるっこしいからすぐにパスして、他の曲探しに移るそうです。時間のムダを避けて待たない若者にパスされないよう、イントロなしで頭からすぐに歌詞付きのメロディが始まる、あるいはできるだけイントロ短めの構成になっているのが、近ごろのヒット曲なのだそうです。

 
senyaichiya-500-2.jpgそこで、思いました。そういう若者がこの映画を観たら、どう感じるのだろうか、ということを。この映画には二人の「待つ女」が出てくるのですが、そういう若者が共感を覚えるのは、田中裕子演じるヒロインではなく、尾野真千子のほうの「待つ女」改め「待つのや~めた女」であるだろうということは十分想像されます。どっちが正しいのか、良いのか、なんて誰にも言えませんし、映画も言ってはおりません。答えの出ない人生の深みについて考えさせる、苦さを伴った繊細な味わいのある作品だと思いましたね。

 
senyaichiya-500-4.jpg舞台は、新潟県の佐渡島。水産加工場で働く登美子(田中裕子)には周囲のみんなが知っている家庭事情があります。それは、夫が30年前に失踪したこと、そしてその帰りをずっと待ち続けていること。幼なじみで漁師の春男(ダンカン)が登美子に思いを寄せ、一緒になりたいという気持ちを大っぴらにしても、頑として受け付けないこと。そんなある日、2年前にやはり夫が突然姿を消したという女が、登美子の元へやって来ます。それは、島の病院で働く看護師の奈美(尾野真千子)でした。彼女は教師の夫がいなくなった理由を知りたくて、その道ベテラン(?)の登美子に協力を求めてきたのです。調査の協力はするもののなかなか手がかりを見つけられない日々。ところが、ある日、島外へ出た登美子は、奈美の夫・洋司(安藤政信)の顔を雑踏の中に見つけ…。

 
senyaichiya-500-3.jpgさて、ここから物語は大きく動き出します。登美子の意外な決断、これまで見せなかった奈美の激情、失踪した理由を探し切れない洋司の困惑と、妻を傷つけたという重荷、待ち続けておかしくなったんじゃないかと思われそうな登美子の言動、春男の狂おしいまでの執念。すべてが絡まり合って、不協和音が大きくなっていくのに、なぜかその底にある静謐なささやき。そのささやきにじっと耳を傾け、登場人物それぞれの目の奥に宿るものをじっと見つめていると、人生って、本当に、不条理で、不可解で、生きてるうちにその真理に到達するなんてできず、それでも人は生きてゆくんだなあと感じるのです。

 
senyaichiya-500-6.jpg日本全国の警察に届けられる行方不明者は年間約8万人だそうで、アメリカなどでは桁が違う(ゼロが一つ多い)といわれています。この映画では「拉致」というケースの可能性も示唆されていますが、自分の家族や恋人が突然いなくなることを想像するだけで胸が痛みます。登美子が、夫の声が録音されているカセットテープを繰り返し聴いているといういじらしさ。でも、ずっと待ち続けることは、奈美によって「あなたは夢の中にいるのよ」と切り捨てられます。一方で、登美子は奈美に向って(というより、自分に向けて)「帰ってこない理由なんかないと思ってたけど、帰ってくる理由もないのかもしれない」とつぶやきます。これがまた、胸を打つのです。

 
senyaichiya-500-7.jpg私は、田中裕子主演の『いつか読書する日』(2005年/緒方明監督)が大好きで、ヒロインの個性にどことなく似通ったものを感じ、「腹が立ってるんですよ、自分に」という小さな台詞にも反応してしまったのですが、両作品で脚本を担当したのが青木研次。しかも、本作の脚本は、田中裕子をあて書きしたものだといいます。失踪した夫を思い続ける妻と、青春時代に好きだった人への思いを抱き続ける独身女性。青木さんはそういうヒロイン像が好きなのかもしれないけれど、現実的には生きるのにキツイ設定ですよねえ。

 
ドキュメンタリー畑出身の久保田直監督の劇映画第二作。脇役でも、迫力の白石加代子ほか渋い役者がぞろぞろ登場しますので、じっくりと味わってほしい秀作です。

 

(宮田 彩未)

公式サイト: https://bitters.co.jp/senyaichiya/#

配給:ビターズ・エンド

©2022 映画「千夜、一夜」製作委員会    

 
 

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