原題 | 原題:DÉLICIEUX |
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制作年・国 | 2020年 フランス・ベルギー |
上映時間 | 1時間52分 |
監督 | 監督・脚本:エリック・ベナール 共同脚本:ニコラ・ブークリエフ 撮影:ジャン=マリー・ドルージュ |
出演 | グレゴリー・ガドゥボワ(『オフィサー・アンド・スパイ』『キャメラを止めるな!』)、イザベル・カレ、バンジャマン・ラベルネ、ギヨーム・ドゥ・トンケデック |
公開日、上映劇場 | 2022年9月2日(金)~大阪ステーションシティシネマ、京都シネマ、TOHOシネマズ西宮OS 他全国ロードショー |
~レストランを生み出し、〈食事革命〉を起こした料理人~
ぼくはそれほどグルメではありませんが、料理人を主人公にした映画が大好きです。なぜなら、衣食住の1つを担う「食」に全身全霊をかけるところにすごくドラマ性を感じるからです。しかも出てくる料理は映像的にも見映えがよく、美味しそうに見えるので、観終わったあと必ず食欲が増進しています。
この手の映画も多く公開されましたね。金字塔となった『バベットの晩餐会』(1989)をはじめ、『宮廷料理人ヴァテール』(2000)、『ソウル・キッチン』(2009)、『大統領の料理人』(2012)、『シェフ!三ツ星レストランの舞台裏へようこそ』(2012)……。日本映画でも、『南極料理人』(2009)や『武士の献立』(2013)など。どれも調理のシーンが素晴らしかった!
やはり、美食の国といわれるフランスの物語が多いようです。本作はその王道を行く映画といえそう。というのは、フランスで最初にレストランを開いた料理人の奮闘を描いているからです。レストランは大昔から存在していると思っていたのですが、18世紀末になってようやく産声を上げたのがこの映画を観てよくわかりました。冒頭、こんな説明文が出ます。
「貴族が料理によって力を誇示していた18世紀。庶民は何よりも食べることに必死だった。旅籠などが旅人に簡単な食事を出していたが、外食の機会は稀だった。皆で食事を楽しむレストランという場はまだ生まれていなかった」
時代はフランス革命前夜の1789年。主人公の中年男マンスロン(グレゴリー・ガドゥボワ)は、シャンフォール公爵(バンジャマン・ラベルネ)のお気に入りの専属料理人です。ある日、貴族が集まる食事会で、「デリシュ」という自慢の創作料理を出しました。えっ、デリシュって何や? チラシに説明書きがありました。「薄切りにしたジャガイモとスライスしたトリュフを重ねて生地で包み焼きしたパイ」。
見るからに美味しそうなのに、貴族連中から不満が飛び出たのです。それは当時、「悪魔の産物」と言われ、フランスでは豚の餌にしかならなかったジャガイモとトリュフを使っていたからで、「ドイツ人みたいにジャガイモなんかお口にできないわ」とぬかしおった! 食べもせんのに、何言うとんねん。ただそれだけでマンスロンは公爵からクビを言い渡され、息子を伴って実家に戻りました。誇り高い料理人だけにあまりにも失意が大きかった……。
この男は妻を早くして病気で亡くしており、息子と一緒に静かな田舎で余生を送ろうとしていたら、ルイーズ(イザベル・カレ)という謎めいた女性が「弟子にしてほしい」と現れたのです。見るからに上品ないでたちですが、まさか貴族とは思えず、高級娼婦と勝手に決めつけ、同情心から居候を認めます。
さぁ、ここから本筋が始まります。この家が街道筋に当たっていたのでしょうか、旅人に食事を提供するうち、だんだん料理人としての情熱を取り戻し、ルイーズと息子の協力を得て、身分の差など関係なく、誰に対しても料理を出すようになってきました。美味しかったら、少々、辺鄙な田舎でも客が来ます。そうなんです、知らぬ間にレストランが誕生していたんです!
当時、厨房は男だけの厳しい縦社会の世界で、女性の調理はご法度という不文律がありました。マンスロンもそれを頑なに守っていたのに、あろうことかルイーズに手伝ってもらうよう厨房に入れたのです。これは画期的なことで、すごい意識改革ですね。
こうした背景にあるのが、政治哲学者ジャン=ジャック・ルソーの啓蒙主義だと思います。理性を何よりも重視する考えが、平等思想を生み出し、それがフランス革命の精神的な支柱になりました。この平等思想が、すべてにおいて〈開かれた食事の場〉であるレストランを生み出したのです。だからレストランは誕生すべき時に誕生したと言っても過言ではないと思います。
ならば、マンスロンがレストランの生みの親ということになるのですが、いろいろ調べると、この7年前の1782年にパリですでにレストランが開業されていました。スペインではそれよりも前にレストラン形式の食堂があったらしいです。まぁ、ここは目くじらを立てず、マンスロンがパイオニアと受け止めておきましょう。
この人物とルイーズが次第に近づいていくところ、彼女の正体が少しずつ明らかになっていくところ、ふつうの田舎の家がレストランらしくなっていくところ……。見どころはいくつもありますが、やはり次々と映される料理の美しさに目が見張らされます。
エリック・ベルナール監督は18世紀後半の食材や調理法に徹底的にこだわったそうです。小麦粉がどことなく黒味がかっていたり、見たこともない香辛料を使っていたりして。ロウソクの明かりと暖炉の火だけを用いて調理するシーンが何とも興味深く、それを捉えたセピア色っぽい映像が時代を感じさせ、実にええ塩梅なんです。衛生的には「?」と思うところがありましたが、その辺りもきちんと時代考証をしているのでしょう。
マンスロンを解雇した公爵が、噂を聞いて店にやって来るシーンが痛快でした。てっきり自分だけに料理が出されると思っていたら、村人たちが客としてどんどん店に入ってきて、うろたえるんです。貴族が下々の者たちと一緒に食事するなんてことはありえなかったんですね。特権階級だけの食事=エセ食文化であることを揶揄している場面で、オモロかった!
そして7月14日、バスチーユの監獄が陥落し、フランス革命が勃発! まさに革命とともに訪れた〈食事革命〉――。この流れが非常に心地よく、満足感でお腹がいっぱいになりました。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト: https://delicieux.ayapro.ne.jp
配給:彩プロ
©︎2020 NORD-OUEST FILMS―SND GROUE M6ーFRANCE 3 CINÉMA―AUVERGNE-RHôNE-ALPES CINÉMA―ALTÉMIS PRODUCTIONS