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『FLEE フリー』 

 
       

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作品データ
原題 原題:Flugt 英題:FLEE
制作年・国 2021年 デンマーク、スウェーデン、ノルウェー、フランス合作
上映時間 1時間29分
監督 ヨナス・ポヘール・ラスムセン
公開日、上映劇場 2022年6月10日(金)~梅田ブルク7/なんばパークスシネマ/T・ジョイ京都/シネ・リーブル神戸/MOVIXあまがさき ほか全国ロードショー

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安住の地へ逃れてきた男の壮絶な過去……、

そこに迫った大人のドキュメンタリー=アニメーション

 

アニメーションは嫌いではないんですが、俳優の演技を楽しめないので、実写の映画とは別のモノと考えています。だから、アニメを取り上げたことはほとんどありません。でも、この『FLEE フリー』はぜひとも紹介したいと思ったのです。なぜなら、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、本作で描かれた戦争・紛争による難民・避難民・亡命の問題がクローズアップされてきたからです。


アニメといえば、子ども向けのエンタメ作が多いですね。ところが本作は娯楽色ゼロで、現実をリアルにあぶり出した大人のためのドキュメンタリー=アニメです。レバノン内戦を題材にしたイスラエルのアニメ映画『戦場にワルツを』(2008年)もそうでしたね。この作品は非常にシリアスな内容とあって、実写で撮ると、当事者の安全を脅かす危険性があったからです。アニメには「オブラート効果」があるんですね。


FLEE-500-1.jpgアミンという30代半ばのアフガニスタン人男性がインタビューを受け、辛苦に満ちた過去を静かに語り始めます。インタビュアーは、デンマークとフランス国籍を持つ、本作の監督ヨナス・ボヘール・ラスムセンです。今やデンマークで科学者として成功しているアミンがどうして祖国を去らなければならなかったのか、そこのところをじわじわと浮き彫りにしていきます。


アフガニスタンの首都カブールで生まれ育ったアミンは、幼少時代は比較的、平和に過ごしていましたが、イスラム原理主義のタリバンが政権が牛耳ってから、硬直化した息苦しい空気に包まれ、迫害される恐れが出てきたので、一家で国外への脱出を図ります。実は、アミンはタリバンが決して許さない同性愛者です。だから祖国では生きられないんです。


FLEE-500-2.jpg脱出はしかし、一筋縄ではいきません。密航業者に大金を払い、何とか家族全員がロシアにたどり着き、そこから劣悪な密航船で隣国のエストニアに漂着するも、当局に身柄を確保され、強制送還されます。それにもめげず、再チャレンジ。軟禁状態を強いられたモスクワの狭いアパートで一家が身を隠し、スウェーデンで暮らす長兄を頼り、西側諸国へ逃れる機会をうかがう……。こうした日々がアミンの少年期から思春期にかけての強烈なトラウマとなりました。


とりわけ印象的なシーンがモスクワでの暮らしぶり。当時、ソ連が崩壊し、新生ロシアが誕生したころ。社会状況が不安定で、治安が悪く、生活物資も少ない。しかも有色人種を露骨に差別していました。外出したアミンと兄が警察官に職務質問され、公然と金品を取られる場面は衝撃的で、それ以上に強烈な情景も描かれていました。あのころのロシア、よほど腐敗していたんですねぇ。


FLEE-500-4.jpg薄暗い室内で行われるインタビュー光景、古いニュース映像から抜粋した実写シーン、そして愛するパートナーと出会い、幸せに暮らす現在のアミンの日常を織り交ぜ、厳しい過去が再現されていきます。メリハリのある構成で、逃亡のプロセスとの温度差がすごい! 言わば、見事なサバイバル人生譚ですが、今なお安全面の観点から、アミンという仮名にしているのが何とも哀しい。声の主は本人らしいですが……。


ラスムセン監督はユダヤ系で、20世紀初頭、ユダヤ人への集団迫害(ポグロム)が行われていたロシアから曽祖父母が逃れてきていたのです。監督がアミンに何度もインタビューを試み、20数年間も胸の内に閉じ込めていた秘密を探り出していくうちに、先祖の生きざまと重なり、それが本作の創作への発火点になったようです。


FLEE-500-5.jpg翻って現在の世界――。戦争、紛争、内戦、強権政権などによって、故郷を去っていかざるを得ない人たちが何と多いことでしょう。ウクライナ戦争で脱出したウクライナ人が500万人を超えており、旧東欧諸国や西側諸国、さらに極東の日本にも避難してきています。戦争を起こしたロシアからも、プーチン政権に拒否反応を示す国民の海外移住が続いています。


あのシリア内戦では、おびただしい数の難民がヨーロッパに向かったのは記憶に新しい。タリバンが政権を奪取したアフガニスタンでは、今でも数えきれないほどの「アミン」がきっといるのでしょう。軍事政権下のミャンマー、部族間闘争が頻発するアフリカ諸国しかり。あゝ、ため息が出てきます。


FLEE-500-3.jpgアミンは、想像を絶する苦しみを体験したとはいえ、デンマークという安住の地で幸せを手にしたのだから、本当にラッキーでした。この原稿を書いている今、そうでない難民、避難民、亡命者のことを思うと、胸が痛くなってきます。日本政府の難民への対応も何とか改善してほしいものです。


タイトルの「FLEE」とは、「危険・災害・追跡者などから逃れる」という意味の英語です。LGBTの問題も含め、アミンが過去と向き合えなかったことが、この作品のテーマかもしれませんね。観終わってから考えさせる、ハイレベルなアニメでした!

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト:https://transformer.co.jp/m/flee/
配給:トランスフォーマー
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