原題 | Mothering Sunday |
---|---|
制作年・国 | 2021年 イギリス |
上映時間 | 1時間44分 |
原作 | グレアム・スウィフト(「マザリング・サンデー」(新潮クレスト・ブックス/翻訳:真野 泰)) |
監督 | 監督:エヴァ・ユッソン(『バハールの涙』『青い欲動』) 製作:エリザベス・カールセン、スティーヴン・ウーリー『キャロル』 |
出演 | オデッサ・ヤング、ジョシュ・オコナー、コリン・ファース、オリヴィア・コールマン |
公開日、上映劇場 | 2022年5月27日(金)~新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋、大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、kino cinema 神戸国際 ほか全国公開 |
~古き良き時代の英国の田舎を舞台にした「特別な1日」~
この雰囲気、どこを取ってもイギリス映画やなぁ……。本作『帰らない日曜日』の冒頭、窓ガラスを拭く女性の顔をアップで捉えてから、「once upon a time(ワンス・アポン・ア・タイム)」〈昔々のこと〉の文字が映し出され、のどかな田舎の風情へと変わった瞬間、一気にノスタルジックな空気に浸り、妙に安堵感を抱きました。これがイギリスの文芸映画の〈魔力〉なのかもしれませんね。
かの国は第2次世界大戦後、戦争による疲弊と各地にあった植民地の独立によって国力がとみに弱まり、米ソ両大国の陰に隠れてヨーロッパの1国になってしまいましたが、それでも、いまだに〈大国然〉としています。やはり、かつて「7つの海」を支配した大英帝国の栄華&威光がモノを言っているように思えます。
それが反映されているのか、イギリス映画の中で、とりわけ文芸映画には、古き良き時代を題材にした作品が少なくありません。すぐに思い浮かべるのは、『眺めのいい部屋』(1986年)、『モーリス』(1987年)、『ハワーズ・エンド』(1991年)、『日の名残り』(1993年)といったアメリカ人のジェームズ・アイボリー監督の映画です。ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの『日の名残り』の他は、イギリス人の小説家E・M・フォースターの作品が原作になっています。
『日の名残り』は第2次大戦直前の物語ですが、フォースターの作品はいずれも20世紀初頭です。しかも、貴族を含む上流階級のイギリス人が描かれています。ここで言うイギリス人の大半はイングランド人のこと。
この時代になると、権勢を誇っていた彼らが没落し、どことなく悲哀が感じられますね。だからこそ矜持がいっそう際立つのでしょう。映画化もされたテレビ・シリーズ『ダウントン・アビー』を見れば、一目瞭然です。
本作は第1次世界大戦終結から6年後の1924年、北イングランドの田舎を舞台にした物語です。原題の「マザリング・サンデー(Mothering Sunday)」とは、「母の日」のこと。1924年の日付を調べると、3月30日の日曜日でした。初夏のような暖かいその日に、上流階級のニヴン家でメイドとして仕えるうら若き女性ジェーン(オデッサ・ヤング)が自らの人生を大きく変える出来事に遭遇するのです。
この日はメイドが年に1度だけ里帰りできるのですが、孤児院育ちの彼女には帰る実家がありません。そこで向かった先が、近くにある、ニヴン家と仲の良い同じ上流階級のシェリングガム家の邸宅。恋人関係にある同家の跡取り息子ポール(ジョシュ・オコナー)と濃密な逢瀬を楽しむためです。もろに禁断の恋!
言わずもがな、イギリスは階級社会です。ポールは身分の異なるジェーンと結ばれるはずがありません。2人の関係を知ったとき、ぼくはブッカー賞を受賞した原作者グレアム・スウィフトが、フォースターに影響されていると実感しました。なぜなら、「社会の壁を越えた事象」をテーマにしたフォースターと同じ立ち位置にあるのがわかったからです。
第1次大戦ではイギリスは戦勝国でしたが、かつてないほどの犠牲者を出し、悲嘆にくれる家族が多くいました。この両家もそうです。ニヴン家は2人の息子を戦死させ、跡取りがおらず、陰鬱な空気に包まれています。シェリンガム家も長男と次男を亡くし、三男のポールが家を継ぐことになっています。
ポールは両親がお膳立てした縁談で、別の上流階級の令嬢エマと婚約中ですが、ジェーンはすべてを把握しており、ポールと割り切ってつき合っていました。2人の仲は誰も知らない秘め事なので、表立った三角関係になっていません。
ポールとエマの前祝いの宴が開かれるこの日にあえて、恋人たちが愛を交わしたのは、潔く別れるための「けじめ」だったのでしょう。このあと、全く想定外の事態が生じ、一気にドラマチックな展開に変わっていきます。
ジェーンが一糸まとわぬ姿でシェリンガム家の邸内を歩き回るシーンには驚かされました。まるで女神、あるいは吉祥天が舞い降りたような神々しい美しさ。カメラアングルが巧みで、上品なエロティシズムをそこはかと醸し出していました。
このジェーンに扮したオデッサ・ヤングはイギリス人ならぬ、オーストラリア人なんですね。1世紀前の労働者階級に属するイギリス人女性の健気さを見事に演じ切っていたと思います。彼女が仕えるニヴン家の当主にコリン・ファース、その妻にオリヴィア・コールマンというイギリス映画界の至宝ともいえる二大俳優を起用したことで、抜群の安定感が出ていました。5月6日で86歳を迎える、これまた名女優のグレンダ・ジャクソンがラストを締めくくっていたのがすごくうれしかった。
映画は、1924年、その24年後の1948年、さらに30数年後の1980年代の3つの時期におけるジェーンを映し出し、自身の変遷ぶり(成長)を浮き彫りにしています。時間軸の分かりにくいところがあったとはいえ、フランス人女性のエヴァ・ユッソン監督が異邦人の視線で純然たるイギリス映画に仕上げたのはご立派!
観終わったあと、随分古い映画ですが、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが共演した、エットーレ・スコラ監督のイタリア映画『特別な一日』(1977年)を思い出しました。第2次大戦直前のローマを舞台に、一介の主婦が人生で忘れ得ない体験をした物語。やはり、「特別な日」って絶対にドラマになるんですね。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/sunday
配給:松竹
後援:ブリティッシュ・カウンシル
© CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE AND NUMBER 9 FILMS SUNDAY LIMITED 2021