あくなき野望の果てに男が見たものとは――？

ギレルモ・デル・トロ監督が、異形の哀しみと愛を謳った『シェイプ・オブ・ウォーター』の次に手掛けたのは、1946年に出版された名作ノワール小説「ナイトメア・アリー　悪夢小路」の映画化。欲にかられた男が手段を選ばず這い上がろうとするが振り出しに戻ってしまう――山中をさ迷い歩いて元来た道に戻ってしまう“リング・ワンダリング”現象に似ている。人間が持つ業の虚しさを痛感するような衝撃作的なサスペンススリラーの登場である。

舞台はアメリカの田舎。親を捨て、家を捨てた男・スタン（ブラッドリー・クーパー）が最初に身を寄せたのは、ドサ回りのカーニバル。そこは、珍獣や獣のような人間の見世物小屋や、感電ショーや怪力ショーに、怪しい占いや降霊術など、おどろおどろしい客寄せゾーンがいっぱい。スタンは、最初に目を掛けてくれたクレム（ウィレム・デフォー）という不気味な男から「獣人の作り方」なるものを聞かされ、占い小屋を営むピート（デヴィッド・ストラザーン）とジーナ（トニ・コレット）からは読唇術を学び、非情な手段でその秘伝書を奪い取る。そして、ひと儲けを企み、カーニバルのアイドル的存在の可憐なモリー（ルーニー・マーラ）をそそのかして駆け落ちする。

２年後、都会へ逃れた二人は一流ホテルのステージに立っていた。読唇術という思わぬ技法を身に付けたスタンは、手八丁口八丁で人を惹きつけカリスマ興行師として人気を博していたが、モリーは彼の際限なき野心に不安を覚えていた。時は第二次世界大戦中。息子を戦争で亡くした判事の要望で特別に降霊術を行うことになったスタンは、心理学士のリリス・リッター博士（ケイト・ブランシェット）の協力を得て見事成功させる。リリスがカウンセリングで知り得た個人情報を基にスタンが仕掛ける占いや降霊術は上流階級の人々の間で評判を呼び、ある高額なオファーが舞い込んでくる。だが、それはとんでもない危険な男との邂逅となり、スタンの運命は大きく変わっていく……。

冒頭、荒れ果てた家の床穴に死体らしきものを蹴り入れ放火するという主人公・スタンの非情さを見せつけ、ただならぬ緊張感をみなぎらせる。さらに我が身の胡散臭さを搔き消すように見世物小屋に逃げ込んだスタンが初めて目にした“獣人”こそ、本作の象徴的な存在となっていく。誰からも愛されたことがないであろう男は、誰も愛することがなければ信じることもできない。野望の果てに自らの罠にはまっていくイカサマ師の宿命というか、因果応報というか、身の毛もよだつその末路は恐怖しかない。

見世物カーニバルのおどろおどろしい光景やアール・デコ調の豪華なインテリアなど、ギレルモ・デル・トロ監督の真骨頂ともいえる映像美は記憶に焼き付くほどインパクトのある。さらに、カリスマ興行師・スタンをエネルギッシュに演じたブラッドリー・クーパーは人間の弱さを滲ませ、彼に「獣人の作り方」を教える悪魔のようなウィレム・デフォーは人間の業の深さを見せつけ、さらにスタンを助けるトニ・コレットの妖艶さや、スタンを信じて希望を託すルーニー・マーラの純真さなど、豪華なキャストの競演も光る。

そして、美貌の裏に秘めた冷酷さで圧倒するのがケイト・ブランシェット。特殊メイク(?) と見紛うような真っ赤な大きなお口ですべてを飲み込んでしまう驚愕の存在感を示している。スタンの本性を見抜き、悪魔のようなささやきで彼を危険ゾーンへと追いやっていく。若い頃のケイト・ブランシェットは素朴で逞しい女性像を演じて、同郷で同年代のニコール・キッドマンとは一線を画していたが、その後はどんな役でもモンスター級に化けられる演技派として世界中を魅了している。そんな彼女が仕掛ける罠にはまっていく主人公スタンは、蛇に睨まれたカエルか、蜘蛛の巣に引っかかった虫のようだ。こんな役をエレガントに演じられるのはケイト・ウィンスレットしかいない！

（河田 真喜子）

■公式サイト：https://searchlightpictures.jp/nightmare_alley

■公式 Facebook：https://www.facebook.com/SearchlightJPN/

■公式 Twitter：https://twitter.com/SearchlightJPN

配給：ウォルト・ディズニー・ジャパン

©2021 20th Century Studios. All rights reserved.