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『金の糸』

 
       

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作品データ
原題 原題:OKROS DZAPI 英題:THE GOLDEN THREAD 
制作年・国 2019年 ジョージア、フランス
上映時間 1時間31分
監督 監督・脚本:ラナ・ゴゴベリゼ 撮影:ゴガ・デヴダリアニ 音楽:ギア・カンチェリ
出演 ナナ・ジョルジャゼ、グランダ・ガブリア、ズラ・キプシゼ、マリタ・ベリゼ
公開日、上映劇場 2022年3月18日(金)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、4月2日(土)~神戸元町映画館 他全国順次公開

 

失われた時を求めて――旧ソ連時代は恩讐の彼方に、

今を生き、未来を楽しむジョージアの人々の歓びを謳う

 

東ヨーロッパの人々の旧ソビエト連邦共和国(ロシア人)への嫌悪感は想像を絶するものがある。連邦崩壊から30年を経た今、ロシアによるウクライナ侵攻が再び脅威と憎悪を増幅させている。だが、今度は国際法を遵守する世界中の人々が団結してロシアによる蛮行を非難し、ウクライナを支援している。一刻も早く戦火が収まることを願うばかりだ。


kinnoito-pos.jpg.jpegウクライナの惨状がリアルタイムで報道される中、かつてソ連邦に飲み込まれたジョージア(ロシア語でグルジア)の、今を生きる人々の歓びを謳う映画が公開される。「忌まわしい過去に囚われてばかりではなく、失われた時を求めながらも、今を生き、未来を楽しもう」とする寛容さに心が洗われるようだ。それは、91歳で本作を手掛けたラナ・ゴゴベリゼ監督(1928年生)自身が、大きな時代のうねりの中を生き抜いてきたからこそ到達できた人生観が綴られているからである。


ラナ・ゴゴベリゼ監督の両親は1937年の「スターリンの大粛清」によって逮捕された。貴族出身の政治家だった父親は処刑され、ジョージア映画黎明期の女性監督だった母親は10年間もシベリアの強制収容所に収容されていたのである。ゴゴベリゼ監督は、9歳で孤児院に預けられ、その後叔母に引き取られ、勉学の末ジョージアの大学卒業後、モスクワ大学でも学び、教職や外国文学の翻訳などをしていた。強制収容所を生き延びた母親は、帰還後は映画製作に関わることなく辞書編纂の仕事に従事していた。劇中に登場する土人形は強制収容所で女性たちが作った物だという。

kinnoito-500-4.jpg本作のプロデューサーのサロメ・アレクシはゴゴベリゼ監督の娘で、監督もしている。親子三代に渡る女性監督たちは、日本の伝統技能「金継ぎ」をモチーフに、ジョージア人の特性でもある「歓び」をもって生き抜く才能を静謐な映像美の中に謳っている。今こそ平和を希求して止まない世界中の人々の想いに深くリンクするテーマだと思う。


kinnoito-500-1.jpg「絶えず、失われた時を求めてきた…プルーストのように」。パソコンで執筆しながら、長い歴史をかろうじて生き延びてきたジョージア人の文化の悲劇性について独白する主人公・エレナ(ナナ・ジョルジャゼ)。79歳の誕生日だというのに誰も祝ってくれない寂しさから、30年前の誕生日に着たという黒いドレスを纏い、独りで舞う。そこへ自分と同じ名前のひ孫のエレナが学校から帰って来て、誕生日のお祝いにと、足が悪く外出できないエレナのために街の絵を書いてくれる。ひ孫のエレナとは、植木や花を挟んで度々ジョージアの有名な詩が語られる。これが穏やかで美しいのだ。


kinnoito-500-2.jpg娘のナトが、認知症で独り暮らしが危険になってきた姑のミランダ(グランダ・ガブニア)を家に連れてくるという。因縁のあるミランダを自宅に連れてくるとは、とんでもない!と反対するが…かつてソ連の高官だったミランダは、エレナにとって文筆活動を妨げた憎き人物。今でも過去の栄光を語ろうとするミランダだったが、その都度息子に遮られる。やはり今ではタブーなのだろう。


kinnoito-500-3.jpg同じ日、かつての恋人アルチル(ズラ・キプシゼ)から電話が掛かってくる。エレナの誕生日を覚えてくれていたのだ。エレナやアルチルの両親は共産党幹部に逮捕された過去から、同じ痛みを共有していた。長年のご無沙汰にもかかわらず、一瞬で恋人同士の会話に浸っていく二人。お互い高齢となり歩けない体ではあるが、思い出の曲に乗って想像でダンスを楽しむ。何の説明も要らない。二人にしか通用しない言葉や音楽はあっという間に若き日の二人に戻してくれる。


kinnoito-500-5.jpgミランダという遺恨が目の前に現れた心の動揺をアルチルと語り合いながら、恨みつらみを前面にぶつけることなく迎え入れるエレナ。過去を乗り越えられた者だけが得られる寛容さは、知性の極みを感じさせる。最後にエレナが、陽光差す部屋の中で、白いドレスを纏って舞うシーンが印象的。


「悲しみの過去を抱えていようが、それに囚われることなく、失われた時間を“金の糸”で繋ぎ合わせて、さらに堅固で素晴らしい未来を創り上げていこう」というラナ・ゴゴベリゼ監督の強いメッセージがひしひしと伝わってくる。全編詩的なセリフと柔らかな映像美で綴られる作品は、ジョージア文化の最も偉大な達成のひとつのように輝いて見える。

 

(河田 真喜子)

公式サイト:http://moviola.jp/kinnoito/

配給:ムヴィオラ

©3003 film production, 2019

 

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