原題 | Dorogie Tovarischi |
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制作年・国 | 2020年 ロシア |
上映時間 | 2時間1分 |
監督 | 監督・脚本:アンドレイ・コンチャロフスキー(『映写技師は見ていた』『暴走機関車』『ワーニャ伯父さん』『貴族の巣』) 共同脚本:エレナ・キセリョワ 撮影監督:アンドレイ・ナイジョーノフ |
出演 | リューダ:ユリア・ビソツカヤ、ヴィクトル:アンドレイ・グセフ、ロギノフ:ウラジスラフ・コマロフ、スヴェッカ:ユリヤ・ブロワ、リューダの父:セルゲイ・アーリッシュ |
公開日、上映劇場 | 2022年4月8日(金)~ヒューマントラストシネマ有楽町、テアトル梅田、4月15日(金)~アップリンク京都、シネ・リーブル神戸 他全国順次公開 |
~旧ソ連の「負の歴史」をあぶり出した愛憎劇~
2月24日以降、はらわたが煮えくり返っています。そう、ロシアによるウクライナ軍事侵攻です。いろんな理由があるにせよ、主権国家に対して容赦なく武力で攻め入り、市民や病院を標的にしているとは言語道断。しかも世界最多保有を自負する「核兵器」をちらつかせ、ウソで塗り固めたプロパガンダを拡散しています。今のロシアは反社の輩と同じですね。
プーチンという1人の愚かしい独裁者によって、あのロシアが何とも情けない国に成り下がってしまいました。この暴君はかつてのソビエト連邦の再興を夢見ているのでしょうか。そのソ連ですが、「スターリンの粛清」「カチンの森事件」「シベリア抑留」など〈負の歴史〉が少なくありません。
本作で取り上げられた「ノボチェルカッスク事件」もその1つです。フルシチョフが国家元首に君臨していた1962年、経済政策の行き詰まりで、モノ不足、物価高騰、給与カットが蔓延し、国民の不満が渦巻いていました。そんな最中、南部のウクライナ国境に近い産業都市ノボチェルカッスクの国営機関車工場で大規模なストライキが起きたのです。原因は賃金の大幅引き下げ。
社会主義国で労働者の蜂起があってはならない。国家の一大危機と受け止めた当局はスト鎮圧のため、すぐさま共産党の最高幹部と軍隊を現地に派遣するも、かえって反発をくらい、ますますエスカレート。最終的にソ連兵が非武装の市民と労働者約5000人に銃火を浴びせました。しかもこの事案が国内に広がるのを恐れ、かん口令を敷き、すべて覆い隠そうとしたのだから、開いた口が塞がりません。
KGB(ソ連国家保安委員会)によると、負傷者10数人、処刑者7人、投獄者数100人とのことですが、実際はこんな数字では収まらなかったでしょう。この事件、ソ連邦解体までの30年間、隠蔽されていたので、ぼくは全く知らなかったです。
映画は、当地の市政委員会の幹部で、バリバリの共産党員、18歳のひとり娘スヴェッカ(ユリヤ・ブロワ)を抱えるシングルマザー、リューダ(ユリア・ビソツカヤ)の動きに密着して描かれていきます。スターリン信奉者の彼女は、「スターリン批判」をしたフルシチョフを快く思っていませんが、それでも国家の公僕として、共産党員として忠実に職務に励んでいます。
どこまでも祖国を信じるリューダは、絵に描いたような旧ソ連の優等生役人です。教条的で、融通が利かず、シロクロはっきりつけます。それに驚くほど気が強い。この手の女性にはゆめゆめ近づきたくないです(笑)。
そんな彼女がストライキの騒動に巻き込まれ、3日間にわたり政権幹部の言動や市民に対する仕打ちを目の当たりにし、激しく心が揺れ動きます。さらに何かと母親に反抗する娘がストライキに絡み、いっそうドラマ性を高めていました。
とりわけ行方不明になった彼女を、リューダがKGB指揮官ヴィクトル(アンドレイ・グセフ)の協力を得て、一緒に探す終盤のシークエンスは非常にスリリングです。明らかに党の規律に背いた行為ですが、そうせざるを得なくなった心情を映画は鋭く突いてきます。鬼のKGBがこんな温情を見せることは絶対にあり得ないから、余計に説得力があります。
リューダの年老いた父親(セルゲイ・アーリッシュ)がコサックの軍服を着るシーンには驚かされました。ノボチェルカッスクは、ロシア革命のとき反革命派の戦闘集団として名を馳せたドン・コサック軍(コサックの軍事組織)の拠点だったんですね。だから父親はコサックの血を引いています。ソ連社会にとって疎ましい存在が身内にいることを知られるとリューダには都合が悪い。そういうところも興味を引かれました。
全編、モノクロ映像で撮った、御年84歳のアンドレイ・コンチャロフスキー監督は、スターリン時代の暗部をえぐった『映写技師は見ていた』(1991年)が印象深いですね。『太陽に灼かれて』(1994年)や『12人の怒れる男』(2007年)で知られるニキータ・ミハルコフ監督の実兄で、兄弟ともにロシア映画界の巨匠です。本作の主演女優ビソツカヤが34歳下の妻とは、びっくりポン~!
コンチャロフスキー監督は本作でとことん細部にこだわり、徹底的に調べたうえでカメラを回しているのがよくわかります。記録映画と見まがうシーンが多々ありました。プレスシートに記された監督のこの言葉がすべてを物語っています。
「第二次世界大戦を勝利するまで粘り強く戦ったソ連の人々の純粋さを讃え、共産主義の理想と現実の狭間に生じた不協和音を注意深く見つめる映画があってもいいと思ったのである」
本当に今だからこそ製作できた映画だと思います。しかしウクライナ侵攻を推し進めるプーチン政権を見ると、この映画であぶり出された旧ソ連の強権的な姿と重なって仕方がありません。いや、あの時代に舞い戻りつつあるのではないかと……。ロシアは資本主義ですが、本質的には同じような気がするのです。だからこそ、恐ろしい。
コンチャロフスキーやミハルコフをはじめ、『父、帰る』(2003年)のアンドレ・ズビャギンツェフ、『ファウスト』(2012年)のアレクサンドル・ソクーロフ、『ドブラートフ レニングラードの作家たち』(2018年)のアレクセイ・ゲルマン・ジュニア……。現役で活躍するロシアの映画監督たちは、今のロシアという国をどう思っているのでしょうかね。本音を知りたいです。
最後に、この映画が公開される4月8日には、ウクライナで少しでも戦火が収まっていますように!!
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://shinai-doshi.com/
配給:アルバトロス・フィルム
© Produced by Production Center of Andrei Konchalovsky and Andrei Konchalovsky Foundation for support of cinema, scenic and visual arts commissioned by VGTRK, 2020