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『ベルファスト』

 
       

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作品データ
原題 Belfast  
制作年・国 2021年 イギリス
上映時間 1時間38分
監督 製作・監督・脚本:ケネス・ブラナー
出演 カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン、キアラン・ハインズ、ジュード・ヒル
公開日、上映劇場 2022年3月25日(金)~TOHOシネマズ 梅田、TOHOシネマズ なんば、京都シネマ、TOHOシネマズ 西宮OS、シネ・リーブル神戸他 にて公開 ★先行上映決定!3月18日 (金)〜TOHOシネマズ シャンテ、TOHOシネマズ 梅田先行上映


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~ケネス・ブラナーの心に宿る愛しき“北アイルランド慕情”~


今やイギリス映画界&演劇界の大御所ともいえるケネス・ブラナー。稀代のシェイクスピア俳優として名を馳せ、『フランケンシュタイン』(1994年)、『シンデレラ』(2015年)など数々の映画で監督を務め、『オリエント急行殺人事件』(17年)と最新作『ナイル殺人事件』(22年)では演出のみならず、名探偵エルキュール・ポワロを熱演し、何ともエネルギッシュに活動しています。御年、61歳。若いですね。


belfast_500-1.jpgこの人、ずっと生粋のイングランド人と思っていたら、英国領北アイルランドの中心都市ベルファスト出身なんですね。十数年前にそのことを知り、ぼくは俄然、興味が湧きました。というのは、ライフワークにしている「ケルト」文化の絡みで、アイルランドや北アイルランドに対して敏感に反応してしまうからです。


さらに元新聞記者ゆえ、ジャーナリスティックな面から、とりわけ紛争(トラブルズ)の地だった北アイルランドに強く関心があり、2000年には、「ケルト」紀行シリーズ第3弾『北アイルランド「ケルト」紀行~アルスターを歩く』(彩流社)の取材で、現地を隈なく巡ってきました。そんなこんなで、「ベルファスト」という題名を見て、思わずときめいた!


本作はブラナーが自らメガホンを握った自伝的映画です。ベルファスト北部のタイガース・ベイ地区で生まれ育ち、9歳の時に一家がロンドン近郊のレディングへ移住しました。労働者階級の家族は多数派のプロテスタント。昨今、アクション俳優として奮闘しているリーアム・ニーソンも北アイルランド出身ですが、彼はカトリック。北アイルランドを語るには、プロテスタントかカトリックかが自身のアイデンティティーでもあり、それが痛ましい紛争の原因にもなっていました。


belfast_500-3.jpg映画は、現代のベルファストの街並みを映し出し、いきなりモノクロ映像で1969年8月15日の情景へと転換します。ブラナーの分身ともいえる9歳の少年バディ(ジュード・ヒル)が通りで遊び回っています。平和そのもの。ところがその直後、暴動が起き、火炎瓶が家屋に投げつけられ、地獄絵図に……。


長らく就職、教育などで差別されていた少数派のカトリック住民がアメリカの公民権運動に刺激され、1968年に異議を唱えたことを機に、プロテスタント住民が反発し、紛争が表面化しました。冒頭で映し出された「1969年8月15日」は実際に起きた暴動を再現したもので、前日にイギリス軍が北アイルランドに投入され、1998年の和平合意まで、泥沼の紛争が続き、3600人もの人命が失われました。同じキリスト教徒で何やってるねん、ホンマに!


プロテスタントのバディの一家は、カトリック地区に暮らしていましたが、これまで問題もなく、両者が互いを認め合い、しごく穏やかに共存していました。それがこの日、突然、プロテスタントの過激分子によるカトリック住民への襲撃があり、「分断」が決定的になりました。


belfast_500-4.jpg北アイルランド紛争といえば、カトリックの過激派IRA(アイルランド共和軍)が知られていますが、プロテスタント側にも過激な武装集団がいくつもありました。バディの家は襲撃されなかったけれど、通りにバリケードが築かれ、夜間外出禁止令が出され、紛争が日常化していきます。


そんな中でも、バディ少年は、教会(英国教会)の司祭から「カトリックは恐怖の宗教」と言われ、悶々と悩むものの、以前と同じように近所の子たちと遊び、キャサリンというカトリックの女の子に恋をします。一部の大人が過激分子として「分断」を煽っていたけれど、実は多くの住民は従来通り、プロテスタント、カトリックを問わず、隣人と普通に暮らしていたことがはっきり映し出されていました。


belfast_500-6.jpgその典型例がバディの家族です。ロンドンに出稼ぎに行っている建具工の父親(ジェイミー・ドーナン)、気丈な美人の母親(カトリーナ・バルフ)、優しい兄(ルイス・マカスキー)、バディにあれこれと指南するユーモラスな祖父(キアラン・ハインズ)、しっかり者の祖母(ジュディ・デンチ)。


みな宗派や思想など関係なく、北アイルランドで共に暮らす「同胞」意識を抱き、地域に溶け込んでいます。これぞリベラル人間です。デンチ以外、北アイルランド出身の俳優だったのがブラナーのこだわりの証しですね。


belfast_500-7.jpgしかし紛争が激化するにつれ、否が応でも「分断」の嵐に巻き込まれ、暴力と恐怖が増幅されていきます。それによって、こよなく愛するわが街が居づらくなり、もはや暮らしていけないと思ってしまうのです。その引き金になったのが、プロテスタントの過激分子がカトリック教徒の経営するスーパーを襲撃し、バディも知らず知らずのうちに略奪に加担しているシーンでした。これは悲しい!


映画は、紛争そのものを描いてはいません。あくまでも1人の少年の目を通して、厳しい状況下において、いや、そうだからこそ、家族と故郷を理屈抜きに慈しむ気持ちを瑞々しく謳い上げているのです。お菓子屋で万引きしたり、教室でキャサリンの隣に座れずに落胆したりとほほ笑ましいシーンが散りばめられています。


belfast_500-5.jpgバディがコミックの『マイティー・ソー』を読んでいる姿には笑わされました。42年後の2011年、ブラナーがこれを映画化していますから。よほどお気に入りだったのでしょう。映画初出演の子役、めちゃめちゃ輝いていましたね。それと西部劇『真昼の決闘』(1952年)のパロディー・シーンが秀逸でした。


フェデリコ・フェリーニの『アマルコルド』(1973年)のリミニ、ジョゼッペ・トルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』(88年)のシチリアと同様、ケネス・ブラナーにとって、〈心の原点〉は紛れもなくベルファスト。それが映像の端々から伝わってきました。また北アイルランドへ行きたいなぁ~。

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト:https://belfast-movie.com/

配給:パルコ ユニバーサル映画

© 2021 Focus Features, LLC.

 
 
 
 
 

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