原題 | CRESCENDO #makemusicnotwar |
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制作年・国 | 2019年 ドイツ |
上映時間 | 1時間52分 |
監督 | 監督:ドロール・ザハヴィ 脚本:ヨハネス・ロッター、ドロール・ザハヴィ |
出演 | ペーター・シモニシェック(『ありがとう、トニ・エルドマン』)、ダニエル・ドンスコイ(「ザ・クラウン」「女王ヴィクトリア 愛に生きる」)、サブリナ・アマーリ |
公開日、上映劇場 | 2022年1月28日(金)~大阪ステーションシティシネマ、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹ほか全国公開 |
~不協和音が希望のアンサンブルへと昇華~
分断――。昨今、この言葉を聞かない日がないほどすっかり耳に馴染んでしまいました。コロナ禍でさらに分断がひどくなり、胸を痛めています。その最たるものといえば、やはり中東のパレスチナ問題でしょう。
ユダヤ人(ユダヤ教徒)のイスラエルVSアラブ人(イスラム教徒)のパレスチナ自治区。分断というより、もろに敵対ですね。これまで何度も紛争・戦争が起きており、依然として解決の糸口が見つかっていません。原因は、「約束の地」として世界各地からパレスチナに移住し、先住のアラブ人(パレスチナ人)を追い出して占領しているユダヤ人に非があると思うのですが、ここではそのことには触れません。
本作は、そんな水と油のイスラエル人とパレスチナ人の混合管弦楽団の物語です。全く架空の話かなと思いきや、ロシア系ユダヤ人の著名な指揮者ダニエル・バレンボイムとパレスチナ系アメリカ人の文学者エドワード・サイードが結成したウエスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団から着想を得て、創作されたらしいです。この管弦楽団が今なお世界各地で音楽活動を続けているとは……、全く知らなんだ!
前段、パレスチナ自治区・ヨルダン川西岸地区の田舎町で、イスラエル軍の催涙弾が降り注ぐ中、バイオリンを弾き続ける女性レイラ(サブリナ・アマーリ)の何とも痛ましい姿が映し出され、そのあとオーディションを受けるためにイスラエルのテルアビブへ向かう途中、検問所で屈辱的な扱いを受けます。想定外に厳しい現状を突きつけられ、これは覚悟して観なければならないと思いました。
世界的なドイツ人指揮者エドゥアルト・スポルク(ペーター・シモニシェック)のもとに、オーディションで選ばれた20余名の若きイスラエル人とパレスチナ人の演奏家が集まり、平和祈念のコンサートを開くため、南チロル(イタリア北部)の牧歌的な山荘で21日間の合宿に臨みます。オーディションを突破したレイラもその一員です。ここから両者の対立、葛藤、友情、恋情などさまざまな感情が映像に投影されていきます。
スポルクが、コンサートマスターに技術面では断トツのイスラエル人バイオリニスト、ロイ(ダニエル・ドンスコイ)ではなく、レイラを指名したことから、一気にこじれます。互いに敵対相手と見なしており、まさに呉越同舟。当然、最初から不協和音の嵐に見舞われます。こんな状態では聴き手の胸を打つ演奏なんてできっこありません。まぁ、無理からぬ事情があるので、やむを得ないのですが……。
それでもスポルクは諦めません。音楽のリハーサルはさておき、グループワークによって両者の溝を少しでも埋めようと奮闘するのです。まるで心理セラピーのように、次から次へとトライしていくところがお見事でした。一番、印象的だったのは、互いに罵り合わせ、「負の感情」をとことん出し尽くさせたこと。これはストレス解消法にも活かせられますね。
レイラとロンの関係が対立の象徴ならば、クラリネット奏者のパレスチナ青年オマル(メフディ・メスカル)とホルン奏者のイスラエル人の娘シーラ(エーヤン・ピンコヴィッチ)の2人が融和と希望の象徴です。心を惹かれ合うオマルとシーラは現代版のロミオとジュリエット。そうなると、必ず悲劇が起きますね。あゝ、これ以上は言えません。
そして楽団員の分断が最高潮に達したとき、スポルクが自分の親のおぞましい過去を吐露します。それはホロコースト(大量虐殺)への関与。計り知れない罪を背負った「ドイツ人」の自分と被害を被った「ユダヤ人」の楽団員、そして彼らによって占領され、差別されている「パレスチナ人」の楽団員……。合宿で集った全員が「負の連環」でつながっているのです。
そのことを自覚した楽団員が演奏を始めると、あら不思議、刺々しい空気がなくなり、心地よいサウンドが生み出されます。だれもが柔和な表情を浮かべている姿を見ると、音楽って何と素晴らしいものだと改めて実感させられました。
コロナ禍で音楽をはじめ芸術全般が、一時期、「不要不急の産物」として社会から疎外されましたが、国籍、宗教、人種・民族を問わず、心を1つにさせる強力な効果があるんです。芸術、バンザイ~!!
他者との違いを認め、理解する。そのためには他者への献身と寛容さが何よりも不可欠。それが平和への第一歩になるのに、現実はなかなかそういうわけにはいきません。でも、「そのことを意識し、新たな一歩を踏み出そう。本当の敵はそうしない自分自身なんです」とドロール・ザハヴィ監督は訴えています。この人、テルアビブ出身のイスラエル人で、ドイツで活動しているそうです。
本作のタイトル「クレッシェンド(Crescendo)」は「だんだん強く」という音楽用語ですが、映画では「だんだん成長する」という意味合いでも使われています。それをズバリ表現したのが、空港で演奏されたモーリス・ラヴェルの『ボレロ』。最後に近づくにつれ、クレッシェンドが際立ってきます。演奏する楽団員はみな精神的に一皮むけ、間違いなく成長していました。
本来、音楽と政治を結びつけるのはナンセンスです。本作はしかし、あえてそこに焦点を当てたからこそ光輝を放つ作品に仕上がったのだと思います。悲しいかな、地元のイスラエルとパレスチナ自治区では上映できなかったそうです。あゝ、現実は厳しい。でも、希望は持てる! ぼくは映画を観てそう確信しました。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://movies.shochiku.co.jp/crescendo/
配給:松竹
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