制作年・国 | 2021年 日本 |
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上映時間 | 1時間54分 |
原作 | つぶやきシロー(「私はいったい、何と闘っているのか」小学館) |
監督 | 監督:李闘士男 脚本:坪田 文 主題歌:ウルトラ寿司ふぁいやー「今すぐアナタを愛したい」(AMUSE) |
出演 | 安田 顕、小池 栄子、岡田 結実、ファーストサマーウイカ、SWAY(劇団EXILE)、金子 大地、菊池 日菜子、小山 春朋、田村 健太郎、佐藤 真弓、鯉沼 トキ、竹井 亮介、久ヶ沢 徹、伊藤 ふみお(KEMURI)、伊集院 光、白川 和子 |
公開日、上映劇場 | 2021年12月17日(金)~ なんばパークスシネマ、テアトル梅田、T・ジョイ京都、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸、塚口サンサン劇場 他全国ロードショー |
~独り相撲をしてカラ回り、そんな人生もまた善き哉~
『私はいったい、何と闘っているのか』――。この手の邦画タイトルを見ると、なぜか惹かれます。戦前、大阪にあった帝国キネマの代表作『何が彼女をそうさせたか』(1930年)、往年のハリウッド女優ベティ・デイヴィスの主演作『何がジェーンに起ったか』(1962年)……などなど。真正面から疑問文で突きつけられると、「えっ、えっ、何やろ?」と俄然、好奇心をかき立てられますね。
本作は、とある地方都市の地域密着型スーパーマーケットに勤務している、伊澤春男という中年男の涙ぐましい物語です。タイトルからして、まさに奮闘記~!実直で、てきぱきと仕事をこなし、商品のすべてを知り尽くし、接客態度も申し分ないのに、春男はずっとフロア主任の地位に甘んじています。それも勤続25年のキャリアがありながら……。この会社の幹部、アホですね。こんな使い勝手のええ、もとい、有能な従業員を飼い殺しにしているなんて愚の骨頂です。
店長になるのを夢見ている春男は、はっきり言って、押しが弱く、場の空気を読みまくる〈忖度男〉です。だからこそ家に帰ったら、伸び伸びしたらいいと思うのに、家族にも気を遣っているのだから、もうどうしようもない。マイホーム・パパの1つの典型例。
心を休めるヒマも場所もない。いや、大衆食堂で大盛りのカツカレーをがっつくのが唯一のストレス発散法みたいですが、普通なら、心がカスカスになりますよ。実はよほど芯が強いのか、根が図太いのか、精神を病まず、ちゃんと生活を営んでいるのがすごい。
自分では輝くことのできない「月」のような春男に対し、妻の律子(小池栄子)は眩いばかりに光輝を放つ「太陽」のような女性。エネルギッシュで、たくましい。似たもの夫婦ではないのが夫婦円満の秘訣かもしれませんね。
OLの長女(岡田結実)、高校生の次女(菊地日菜子)、小学生の長男(小山春朋)。3人の子たちもいたって明るい。息子だけがどことなく春男に似ている……。そこが物語の伏線になっていました。ウフフ。
やることなす事、すべてカラ回り。妄想癖があり、いつも独り相撲を取っているのだから、どんな結果になろうとも自己責任です(笑)。この不器用さが何ともたまりません。最初は情けない奴ちゃなぁ~と外野席から傍観していたんですが、そのうち、「これは自分とちゃうんかいな?」と思ってしまい、だんだん主人公と重なっていきました。すごく共感できるんです。どんな人でも、多少なりとも春男の部分を持っていると思いますよ。
劇中のつぶやきが興味深い。本音が凝縮されていますからね。原作が、タレントのつぶやきシローの同名小説と知って納得しました。つぶやいてこそナンボです(笑)。この独白がなければ、映画の面白さが半減していたかもしれません。
この映画を盛り立てたのが主演の安田顕です。この人、今回の役どころとは真逆で、実に器用な俳優さんです。脇役として、どんな役でもこなします。裏世界のややこしい男を演じさせたら、ピカ一ですね。声色まできっちり変えてくるのですから、プロフェッショナルです。重宝な俳優さんとあって、引っ張りだこ。ひょっとしたら、近年の日本映画では出演回数が断トツかもしれません。まさに脂の乗り切った48歳!
ずっと脇役で収まっているのかなと思いきや、『俳優、亀岡拓次』(2016年)で主演を張り、思いのほか存在感のある演技を披露。『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(2018年)でも主役をこなし、その映画を撮った李闘士男監督と本作で再びタッグを組みました。
この李監督、こてこての大阪人です。栃木出身のつぶやきシローの世界は限りなく関東っぽいですが、それを大阪の〈イチビリ精神〉でうまく料理していました。ボクシング愛好家とあって、デビュー作『お父さんのバックドロップ』(04年)やボクサーの物語『ボックス!』(10年)など格闘技を題材にした映画がお得意みたい。
長女のイケメン恋人(SWAY)が結婚の許可をもらいに来たときの春男の応対がケッサク。高級ブランデーの「ナポレオンⅩO」を持ち出して虚勢を張ったのに、あゝ、惨めな結果に……。ハハハ(笑)。そこでの独特な「間」が最高。上方のお笑いの「間」と同じでした。
後半になるにつれ、店長就任の話と夫婦の問題がクローズアップされていきます。結構、シリアスな内容なんですが、カラッと喜劇風味に仕上げているところがよかったです。そのうち春男の実像がじわじわと浮かび上がってきます。いやぁ~、なかなか愛すべき人物です。うまくいかないのが人生。しかし、うまくいくように努力するのも人生。この金言がはんなりと映画として描かれていたと思います。観終わったあと、勇気づけられました。
で、「私はいったい、何と闘っているのか」の問いに対し、ぼくはこう答えます。「伊澤春男は愛する人たちと幸せに暮らすために日々、闘ってるんや」。でも、別に闘わんでもええんちゃいますかね。まっすぐ前を見据えて、愛する人たちを幸せにしようという気持ちさえあれば、闘争心を出さずとも、そのうち活路が拓けるのではないでしょうか。ぼちぼちが一番。うーん、タイトルをこう変えましょう。「私はいったい、何でカラ回りしているのか」――。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:http://nanitata-movie.jp
配給:日活 東京テアトル
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