原題 | DEAR EVAN HANSEN |
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制作年・国 | 2021年 アメリカ |
上映時間 | 2時間18分 |
監督 | 監督:スティーヴン・チョボスキー(『ワンダー 君は太陽』『ウォールフラワー』 楽曲:ベンジ・パセック&ジャスティン・ポール(『ラ・ラ・ランド』『グレイテスト・ショーマン』) |
出演 | ベン・プラット、エイミー・アダムス、ジュリアン・ムーア、ケイトリン・デヴァー、アマンドラ・ステンバーグ、ニック・ドダニ、ダニー・ピノ、コルトン・ライアン |
公開日、上映劇場 | 2021年11月26日(金)~TOHOシネマズ 梅田 他全国ロードショー |
~善意のウソからドラマが始まる珠玉のミュージカル~
トニー賞、グラミー賞、エミー賞を受賞した有名なブロードウェイ・ミュージカルの映画化ということを知らずに観ました。実はタイトルから、てっきり「ウエスタン・ラリアート」の得意技で一世を風靡した往年のプロレスラー、スタン・ハンセンをモデルにした映画とばかり思っていたんです。まさかこんな感動作とは……、アンビリーバブルでした。
この世でウソをつかない人間はいません。詐欺師のように悪意に満ちたウソもあれば、相手を気遣う善意のウソもあります。でも、そのウソが相手の懐にズシリと入り込み、人生や価値観を変えてしまえば、取り返しのつかないことになります。しかもウソをごまかすために、さらにウソが上塗りされ、やがて泥沼状態に……。本作は、一言でいえば、こんな作品ですが、中身はめちゃめちゃ濃いです。
高校生のエヴァンは、看護師をしている気丈な母親(ジュリアン・ムーア)と2人暮らし。幼い時に父親が出て行ったことが引き金になったのか、ずっと心を閉ざしており、友達がいません。学校では誰からも注目されず、「透明人間」のような存在で、常に集団の中の孤独を味わっています。
生活費を稼ぐために一生懸命、働いている母親には感謝しているのですが、なかなか自分のことを理解してもらえず、胸の内を打ち明けることもできません。この微妙な親子関係が物語に独特な彩りを添えており、家庭ドラマとしても十分、観させます。
冒頭、「親愛なるエヴァン・ハンセンへ」から始まる自分宛ての手紙をパソコンで打っています。情緒不安定のため、セラピストから言われた心理療法の1つです。最後に記された文言がなんとも意味深……。「実際、ぼくが明日いなくなったとして誰が気づく?」。遺書のようにも見て取れます。
冴えない、モテない、カッコよくない~の「3ない」男子高校生。このエヴァンに扮したベン・プラットは舞台でも主演を務めていたので、この役どころをわがモノのごとく取り込んでおり、ずっと安心して観ていられました。それに歌がめちゃめちゃウマい。ええ声~~~!
例の手紙、エヴァンが恋情を抱く下級生の女の子ゾーイ(ケイトリン・デヴァー)の兄コナー(コルトン・ライアン)に取られてしまいます。コナーはかつてドラッグに手を染めていたかなりの問題児(ワル)で、学校では完全に浮き上がっており、誰も近づこうとしません。
そんな彼があろうことか自死したので、手紙がエヴァン宛ての「遺書」になってしまったのです。「親愛なるエヴァン・ハンセンへ」としたためられているのですから、無理もありません。シェイクスピアではないけれど、誤解はドラマを生み出しますね。
コナーの母親(エイミー・アダムス)と義父(ダニー・ピノ)は、手を焼いていた孤独な息子に親友がいたのだと思い込み、エヴァンにその「遺書」を見せるのですが、コナーのことは何も知らない。さぁ、どう対応すればいいのか。ここが前半の最大の見せ場。エヴァンは迷いながらも、〈思いやりのウソ〉をつくのです。優しい子なんですね。
ぼくは、ふと亡き女流作家、田辺聖子さんの箴言集『苦味(ビター)を少々 399のアフォリズム』の中の言葉を思い浮かべました。「大きな嘘をつくとき、人は、ふつうよりもいっそうまじめになる」。わっ、当たってますがな。クローズアップでとらえた少年の顔つきがまさにそうでした!
ここから物語がどんどん深みに入っていきます。エヴァンがコナーの親友であったことを演じていかねばなりません。つまり、自分を偽って生きるということ。ピュアな性格なので、これは辛いですよ。
学校では、まさかあの2人が親密な間柄だったとは思わなかったと大騒ぎ。そんな中、ドライでシャイなインド系の男子生徒ジャレッド(ニック・ドダニ)が何かとエヴァンをサポートします。友達がいないと言っていたけれど、ちゃんとおるやんか!
それと、生徒会長(?)の女子生徒アラナ(アマンドラ・ステンバーグ)も接近してきます。この子、とんでもないプロジェクトを実現させようとするのだからすごい。今どきこんな超アクティブな若者は珍しいのでは。しかし、彼女も内面は非常にデリケートであることがわかってきます。
そこなんです、この映画が突いてくるのは。SNSの普及で「交流」の幅は広がってきていますが、リアルな人とのつながりがだんだん希薄になってきています。そして誰もが多少なりとも孤立しています。そんなピリピリした痛々しい現実をあぶり出しているからこそ、観ていて共感できるんですね。
ミュージカルなので、ときおり、それも唐突に登場人物が歌い始めます。ホンマ、びっくりポン(笑)。よくよく観ると、歌うシーンがどれも本音をさらけ出している場面なんですね。耳になじみやすいサウンドとあって、歌詞がスーッと頭の中に入ってきます。そこを演出家が狙ったのでしょう。
最大のクライマックスは、コナーの追悼式でエヴァンがスピーチするところです。似非親友のコナーへの哀悼の言葉ですが、実は自分自身のことを言っています。それが名曲『ユー・ウィル・ビー・ファウンド(You will be found)』として歌われます。
「闇が押し寄せても 友の支えがなくても 落ちても壊れても 君は独りじゃない 陽の光を受けよう 手を伸ばせば また立てる 顔を上げて見回せば 誰かがいる きっと見つけてくれる人がいる……」
あゝ、感涙しそうになりました。胸に染み入りました。素晴らしい! 非常にこなれた歌詞で、文才がありますね。
偽った自分がいくら居心地良くても、それは所詮、虚像、あだ花にすぎない。終盤、そのことに気づいたエヴァンが勇気あるアクションを見せます。彼は確実に大きく成長したのです。拍手喝采!
やっぱり、「レット・イット・ビー(Let it be)=あるがままに」。よろしおますなぁ。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:http://deh-movie.jp
配給:東宝東和
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