制作年・国 | 2021年 日本 |
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上映時間 | 2時間14分 |
原作 | 中山七里「護られなかった者たちへ」(NHK出版刊) |
監督 | 監督:瀬々敬久 脚本:林民夫、瀬々敬久 音楽:村松崇継 主題歌:桑田佳祐「月光の聖者達(ミスター・ムーンライト)」(タイシタレーベル/ビクターエンタテインメント) |
出演 | 佐藤健 阿部寛 清原果耶 倍賞美津子 吉岡秀隆 林遣都 永山瑛太 緒形直人 |
公開日、上映劇場 | 2021年10月1日(金)~全国ロードショー |
~人生、捨てたもんやないと思わせる極上の社会派ミステリー~
あの東日本大震災から10年が経ちましたが、「負の遺産」があまりにも多く、今なおいろんな意味で苦しんでいる人が少なくありません。本作はそこにターゲットを絞った映画です。ミステリー作家、中山七里の原作小説によくぞ光を当ててくれました。震災後に表面化した「格差」と「分断」を社会派作品として見事に描いていましたから。
舞台は被災地の宮城県で、撮影もすべて現地で行われました。映画はやっぱり物語の舞台でロケ撮影するというのが鉄則ですね。でないと、リアルな空気感が出ません。もし東京で撮っていたら、宮城の人から「ウソや!」と言われます。そういうところが実は大事やとぼくは思っています。
さて、本作です――。全身をロープで縛られ、餓死させるという殺人事件が2件続いて発生し、宮城県警の笘篠刑事(阿部寛)が若い蓮田刑事(林遣都)をパートナーにして捜査に着手します。冒頭から猟奇的な殺人を象徴する陰鬱な雰囲気に呪縛されそうになります。
被害者はともに福祉保健事務所の職員で、人から恨みを抱かれる人物ではないだけに、捜査が難航……。ところが被害者の部下、仕事のよくできる円山幹子(清原果那)の証言などで事件の背景が少しずつ明るみになり、やがて福祉保健事務所の放火で刑務所に入っていた利根泰久という若者が容疑者として浮かび上がってきます。
利根は児童養護施設で育った天涯孤独の身。寡黙で、感情を表に出さないので、不気味さと不可解さが半端ではありません。この人物になり切った佐藤健の演技が恐ろしいほどにパワーを放っています。ヒット作『るろうに剣心』シリーズで見せたニヒルさとはまた違った、孤独から生じる暗い〈オーラ〉です。
役柄にとことんのめり込む佐藤健のプロ意識はホンモノですね。同期の亡き三浦春馬をはじめ、松坂桃李、岡田将生、賀来賢人、菅田将暉といった30歳前後の男優がめちゃめちゃ輝いています。本作で蓮田刑事に扮した林遣都もそう。これからの日本映画界を支える逸材。彼らがどう進化していくのか楽しみです。
映画はクライム(犯罪)・ミステリーの形を取りながら、震災による悲しみを断片的に紡いでいきます。そこが見どころ。愛すべき家族を失い、喪失感と悔恨をずっと引きずっているベテランの笘篠刑事に能天気な新米の蓮田刑事を絡ませ、メリハリを与えていました。これは定石ですね。阿部寛が抑えた演技で巧みに内面的な翳りを見せていました。
映画の核心部分は、避難所で出会った利根、独居老女の遠島けい(倍賞美津子)、母親を亡くした少女カンちゃん(石井心咲)の3人が磁石で引き寄せられるがごとく家族のような絆を結んでいくシークエンスです。きっと同じ空気を放っているのを察知したからでしょう。包容力のあるおばあちゃんを囲む利根とカンちゃん。理屈抜きにホンワカとする場面でした。
2人の刑事が利根を追い詰めていくうち、第3の殺人事件が起きようとし、ますます謎めいてきます。あゝ、これ以上は書けません……(笑)。瀬々敬久監督と林民夫の脚本がこなれているのか、瀬々監督の人物に寄り添う濃密な演出が功を奏したのか……。『64-ロクヨン』前編・後編(2016年)と同様、この監督は事件ではなく、関連する人物にぐいぐい食い込んでいきますね。
映画でクローズアップされるのが生活保護。憲法で保障されている国と自治体による生活困窮者に対する公的補助制度ですが、うまく機能していない実情があぶり出されていました。日本における生活保護の利用者は国民の1.6%で、ドイツ(10%)、英国(9%)など先進諸国に比べてはるかに低いんです。しかも不正受給が問題になっています。
生活保護を受けるべき人が、杓子定規な基準によって対象外になり、食うに困り、痛ましい出来事が実際に起きています。それに「お上のお世話になるのは忍びない」と思って申請しない人も少なくありません。現在、コロナ禍で貧困層が増えているのに、生活保護の受給者がいっこうに伸びていないんです。なんかおかしい。受給する権利があるのにもったいない……。
それもこれも格差が広がり、「勝ち組」と「負け組」という二元論的な色分けが定着してきたからです。これぞ分断です。不幸を背負った人は自己責任と見なされ、いとも簡単に社会の歯車からはじき出される。そんな歪な現状を本作は鋭く突いており、だからこそ心にグサッとくるのでしょう。全編に通底するのは、被災者の「ため息」と「慟哭」です。
待ち受ける衝撃のラストに胸を衝かれ、誰もがもつ大切な人を護りたいという願いが、一筋の希望を放つ、第一級のヒューマン・ミステリーが誕生した!――。これ、ぼくが考えた文章ではなく、プレスシートに載っていたものですが(笑)、本作のエッセンスをうまく言い表しています。なかなかセンスのあるライターさんですね。
「死んでいい人なんていないんだ」……。厳しいテーマを描いていますが、ラストシーンを観て、実は「人生、捨てたもんやない」と思わせる温かい映画だったとわかりました。
武部 好伸(エッセイスト)
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配給:松竹
(c) 2021映画「護られなかった者たちへ」製作委員会