原題 | The Courier |
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制作年・国 | 2020年 イギリス・アメリカ合作 |
上映時間 | 1時間52分 |
監督 | 監督:ドミニク・クック 脚本:トム・オコナー 撮影監督:ショーン・ボビットBSC |
出演 | ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、ジェシー・バックリー、アンガス・ライト |
公開日、上映劇場 | 2021年9月23日(木・祝)~ TOHOシネマズ 日比谷 他全国ロードショー |
~007と対極、リアル感満点の実録スパイ映画~
一介のセールスマンが核戦争の危機を救った! ここまで言い切ると、「ウソやん」「そんなアホな」と言われそうですが、実はホンマにそうなんです。この映画を観るまで、ぼくはそのことを知りませんでした。
米ソ冷戦期の1962年10月、アメリカの目と鼻の先にあるキューバにソ連が核ミサイルを設置したことがわかり、米ソ超大国間での核戦争勃発が現実味を帯びました。いわゆる、「キューバ危機」です。
このときイギリス人のセールスマンが一枚、いや、百枚以上も絡んでいました。その人物の動向をリアルに描いたのが本作です。原題の「THE COURIE(クーリエ)」とは、副題に付けられている「運び屋」のこと。
男の名はグレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)。ロンドン近郊で妻子と暮らすごく普通の男性で、旋盤や圧縮機などの工業製品をチェコやハンガリーなど東欧諸国に売っているセールスマンです。お酒が大好きで、しょっちゅうグラスを手にしています。ぼくの見たところ、スコッチ党でした(笑)
スティーヴン・スピルバーグ監督の『ブリッジ・オブ・スパイ』(2015年)のように、スパイ、もしくはその協力者は目立った人物ではなく、日常生活に溶け込むごく平凡な市井の人でないとダメなんですね。だから007ジェームズ・ボンドのような華のある人間はスパイ失格です。というか、現実にそんなヒーローみたいな諜報員は存在しません。
CIA(米国中央情報局)の女性諜報員エミリー(レイチェル・ブロズナハン)とMI6(英国秘密情報部)のディッキー(アンガス・ライト)が目をつけたのがウィンでした。彼は東欧諸国には明るいけれど、まだソ連を顧客にしていなかった。頻繁にソ連に出向いていたら、怪しまれますからね。顔が知られていないのが最大の理由です。
さすが世界に名だたる諜報機関とあって、日ごろからスパイや運び屋に向いている人物を探っていたんですね。そこがなんとも不気味。日本でもこんなスカウトが行われているのでしょうかね。
政治情勢にあまり関心のないウィンがいかにして説得され、運び屋に仕立てられていくのか、その過程がわかりやすく描かれています。運び屋といってもスパイですから、よほど根性がないとできません。でも、思いのほか淡々と事が運んでいったので、ちょっと拍子抜けしました。このくだりが第1幕のハイライトです。
第2幕は――。ソ連側の情報提供者がGRU(ソ連軍参謀本部情報総局)の大佐で、政府高官のペンコフスキー(メラーブ・ニニッセ)という中年男性です。アメリカに対する当局の好戦的な態度に嫌気が射し、「核戦争をなんとか防ぎたい」とCIAに打診してきた張本人。自らの立場を考えると、明らかに国家の裏切り者ではあるけれど、非常に勇気のある御仁です。
市場の新規開拓という名目でモスクワ入りしたウィンが科学委員会に出席したペンコフシキーと初めて出会い、徐々に距離を縮めていくところが面白い。このイギリス人が運び屋であるという〈印〉がタイピンでした。てっきり「ロンドンは寒いですか」「いや、モスクワほどは寒くないです」というような〈合言葉〉が使われると思っていたので。
ペンコフスキーも愛飲家で、ともにバレエが大好き。妙に波長が合い、次第に友情が芽生えてきます。こういうドラスティックな関係では友情はご法度だと思うのですが、そこはやはり人間、性(さが)には逆らえません。この心の絆が後半、キーポイントになっていきます。
ソ連の情報を西側に流している中で、冒頭のキューバへの核ミサイル設置の情報に行き着きます。ケネディ大統領はその情報に基づき、対ソ戦略を立てていくのですから、もろに最高機密! 世界の命運を握っていると言っても過言ではありません。事の重大さを知ったウィンとペンコフスキーの驚愕の表情が忘れられません。
「キューバ危機」がどう終結したのかは自明のことなので、このミッションは成功裏に終わりますが、このあとの第3幕はかなり厳しい内容です。冷戦期におけるソ連の容赦のない過酷な社会を浮き彫りにしながら、2人の顚末が描かれていきます。そのときのCIAとMI6の対応も見どころです。
本作はドンパチや派手なアクションはありません。とことん地味。『寒い国から帰ってきたスパイ』(1965年)や『裏切りのサーカス』(2011年)のようなスパイ作家、ジョン・ル・カレの映画化作品とよく似たテイスト。そこがこの映画の魅力です。ペンコフスキーが情報室から極秘の資料を小型カメラで接写し、そのフィルムをウィンに手渡すシーンのなんとスリリングなこと。
本作のような実録スパイ映画を観ると、007やスパイ大作戦など娯楽スパイ映画のウソっぽさがよくわかりますね。もし、この案件をジェームズ・ボンドがやれば、秘密兵器を使い、あっけなく遂行していたでしょうね。でも、現実ではありえない(笑)
製作総指揮も務めるカンバーバッチがよかった。小市民がスパイへと変身し、その世界にのめり込んでいく姿をケレン味のない演技で見せてくれました。映画の最後に映る実際のウィンと雰囲気がよく似ていたので、びっくりしました。
相方ペンコフスキー役のメラーブ・ニニッゼはロシア人ではなく、ジョージア(グルジア)人俳優ですが、「国家を誤った方向に進めてはいけない」という強い使命感と不屈の闘志を全身で演じ切っていました。なによりも眼力がすごかった!
全編、1960年代の懐かしい空気に浸りながら、物語を堪能できました。ただ1つ気になったのは、CIAの諜報員エミリーが美人すぎたこと。こんな女スパイ、実際にいるのでしょうか。目移りして仕方なかったです。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://www.courier-movie.jp/
配給:キノフィルムズ 提供:木下グループ
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