原題 | La odisea de los Giles |
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制作年・国 | アルゼンチン 2019年 |
上映時間 | 1時間56分 |
原作 | エドゥアルド・サチェリ「LA NOCHE DE USINA」 |
監督 | 監督・脚本:セバスティアン・ボレンステイン 共同脚本:エドゥアルド・サチェリ |
出演 | リカルド・ダリン(『瞳の奥の秘密』『誰もがそれを知っている』『人生スイッチ』)、ルイス・ブランドーニ、チノ・ダリン、アンドレス・パラ、ベロニカ・ジナス、リタ・コルテセ |
公開日、上映劇場 | 2021年8月6日(金)~シネ・リーブル梅田、イオンシネマシアタス心斎橋、京都シネマ、8月13日(金)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開 |
~スカッと爽やか、アルゼンチンの勧善懲悪ドラマ~
何よりもまず、『明日に向かって笑え!』のタイトルに惹かれました~! 今やクラシック映画になりますが、ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードが共演したあのアメリカン・ニューシネマの名作西部劇『明日に向って撃て!』(1970年)のパロディーと思ったわけです。
でも、チラシを見ると、ガンマンならぬ、ごく平凡な3人のおっちゃんとおばちゃんが並んでいる写真が……。そうか、西部劇ではなく、現代劇なんや。それも南米アルゼンチンが舞台。なんでこんな邦題をつけたんやろ。興味津々、銀幕と対峙しました。
ちょうど20年前、2001年のお話――。主人公のフェルミン(リカルド・ダリン)は有名なサッカー選手でしたが、今では首都ブエノスアイレス近郊の寂れた町で、愛妻リディア(ベロニカ・ジナス)と共に小さなガソリンスタンドを細々と経営しています。
そんなフェルミンが一念発起し、長年、放置されている農業施設を復活させ、農業協同組合をみんなで設立しようと町民から資金を募ります。自分のためではなく、住民のため、町の未来のためです。この志はなににも増して素晴らしい!
タイヤ修理業のアントニオ(ルイス・ブランドーニ)や列車が停まらなくなった駅の“駅長”ロロ(ダニエル・アラオス)ら気の置けない、ちょっとけったいな仲間たちの協力を得て、なんと15万8653ドルもの大金を集めたのです。なかには10万ドルをポンと寄付した運送会社の社長もいました。農業施設の売値25万ドルには届かなかったけれど、予想をはるかに上回る成果とあって、みな大喜び。
ここでふと疑問が……。アルゼンチンの通貨ではなく、米ドル建てにしてるんです。なぜか。それは当時、アルゼンチンが未曾有の金融危機に直面していて、自国通貨が極めて不安定だったからです。この金融危機がドラマの大きな伏線になっているのがミソ。
「この金を預金してくれはったら、足りない分を融資しまっせ」。銀行の支店長から甘い言葉を囁かれ、すっかり信用したフェルミンは全額、銀行に預けたのですが、その直後、とてつもなくでっかい金融危機の激震に襲われ、ドル預金がすべて凍結されてしまった。
その混乱に乗じて支店長と悪徳弁護士マンシー(アンドレス・パラ)に預金をだまし取られます。善意の金があっという間にゼロに……。えっ、そんなアホなことあるかい! いくら文句を言っても、支店長にシラを切られ、もはやあとの祭り。
またまた、ここで疑問が……。日本なら警察の捜査二課(詐欺、横領などを担当)に告訴すれば、絶対に事件として動いてくれますが、どういうわけかフェルミンらはそうしなかった。アルゼンチンの警察を信用していなかったのでしょうか。それとも警察に言えば、ドラマがあっけなく終わってしまうからでしょうか(笑)。
話を戻します。さらにさらに、悪いことは続くもんですねぇ。奈落の底に突き落とされたフェルミン夫婦があろうことか交通事故に遭い、リディアが命を落としてしまったのです。踏んだり蹴ったり。天から見放された……。どうして罪のない善人がこんなひどい目に遭わなあかんねん。ぼくの怒りモードが沸点に達してきました。
さぁ、ここから映画が俄然、熱を帯びてきます。フェルミンらは黙って泣き寝入りするほどお人好しではありません。詐取された金を奪い返し、リベンジを果たそうと決意するのです。当たり前ですね。といっても、失意のフェルミンは腑抜け状態で、なかなか行動に移せません。そのとき、それまで陰の薄かった息子ロドリゴ(チノ・ダリン)が父親の胸にグサッと突き刺さる言葉を言い放ちます。それは見てのお楽しみ。
はて、どんな方法で金を奪取し、復讐すればいいのか? 仲間たちが集まり、知恵を絞って綿密に計画を立てていくところがすこぶる面白い。そして各自、役割を分担し、ようやくリベンジ作戦が決定。かなり無謀なものですが、なかなか手の込んだやり方です。ロドリコがキーパーソンになるのが意外と言えば意外。ここから先が映画の肝になるところなので、伏せておきます~(笑)。
彼らがいざ決行するや、ハラハラドキドキ、スリリングなシーンのオンパレード。ヒッチコックばりのサスペンス映画の王道ともいえる展開です。作戦の核となるアクションを、亡き妻がよく観ていたオードリー・ヘップバーンとピーター・オトゥール共演のロマンチック・コメディ『おしゃれ泥棒』(1966年)からヒントを得たところが笑わせられました。
悪の権化とも言えるマンシーが次第に追い込まれ、焦っていく姿が何とも心地よかった。2001年当時、アルゼンチンの国民全体が詐欺に遭ったような状況で、数多くの人が破産し、窮地に追い込まれました。今なお後遺症に苦しんでいる人も少なくないらしいです。だからこそ復讐劇に共感し、国内で大ヒットしたそうです。
正直者がバカを見る――。世知辛い世の中、ままあるケースですが、弱者が強い信念を抱き、一致団結すれば、悪を退治できる。それをこの映画は笑いとペーソスで包み込み、テンポ良く描いていました。善玉が勝利し、悪玉は滅びる。まさに勧善懲悪を地で行くストーリーです。ホンマ、痛快でした!
原題の『La Odisea de los Giles』は「まぬけたちの一連の長い冒険」という意味らしいですが、やはり、『明日に向かって笑え!』の方がしっくりきますね。笑って吹き飛ばす諧謔(かいぎゃく)の精神! よろしおます。ひと昔前の松竹新喜劇で演(や)れば、受けたかもしれませんね。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://gaga.ne.jp/asuniwarae/
配給:ギャガ
©2019 CAPITAL INTELECTUAL S.A./KENYA FILMS/MOD Pictures S.L.