～あるシニア離婚から見えてくる家族の本当の絆～

29年間連れ添った夫からのまさかの離婚宣言!? 長年連れ添ってきても分からないことは多い。理解していたつもりでもいつの間にか溝が深まり心が離れていってしまう。それに気付いて軌道修正できる人、きっぱり訣別して新たな人生を歩む人、ひたすら我慢して諦めてしまう人など様々だろう。イギリス南部の海辺の街を舞台に、夫婦の離別がもたらす衝撃と希望を見出す喜びを、夫婦と息子という家族３人の心の共鳴が織りなすラブストーリー。我がことのように共感しながら観てしまうのは私だけだろうか？

イギリス南部の海辺の小さな町シ―フォード。フランスからドーヴァー海峡を渡り最初に見えてくるのが美しい白い崖。そんな風光明媚な町で、高校で歴史を教える夫エドワード（ビル・ナイ）と引退後詩選集の制作に取り組んでいるグレース（アネット・ベニング）の夫婦は結婚して２９年が経つ。二人にはジェイミー（ジョシュ・オコナー）という一人息子が居るが、今はロンドンに住んでいるため滅多に帰って来ない。そんな息子に苛立ちを見せるグレースのためにエドワードはジェイミーに「母さんが寂しがってるから帰って来い」と帰郷を促す。

冒頭の夫婦の会話から、妻が極めて自己主張の強い性格であることが分かる。帰宅した夫に「今日はどうだった？」と声を掛けるまではいいのだが「私には聞かないの？」とか、自分の紅茶だけを淹れてそそくさと書斎へ籠ろうとすると、「私の紅茶は？」とまだ半分残っているにもかかわらず夫に淹れさせる。何事につけ理詰めで反撃してくる妻に「君が良ければ」「君がそうしたいなら」と大人しく引き下がってしまう夫。“うわ～、こりゃ堪らん！” と思わずエドワードに同情してしまう。

息子もそんな母親をめんどくさがってか、あまり実家に寄り付かない。久々の帰郷で家族３人で夕食を楽しみたいところだが、グレースの独壇場となってしまう。彼女の主張が間違っている訳ではない。ただ、相手を思いやる優しさに欠けるのだ。特に相手の言葉の端々を気にして間違いを正そうとする。これでは逃げ出したくなるのも無理はない。そして、ついにエドワードは離婚を宣言！ 家を出ていくことに。

グレースにとっては青天の霹靂！「私は間違ってない！努力が足りないエドワードが悪い！」の一点張り。「２９年も努力してきた！」とエドワードは、教え子の母親と恋仲になったのだが、別に浮ついた関係のために離婚を決意した訳ではなかった。初めて得た安らぎの場が彼女も元だった、ただそれだけなのだ。だが、プライドが高く自信家のグレースには到底理解できるものではない。両親の離婚は、幸せだった子供時代がすべて否定されるようで、大人になった息子にとってもショックなことなのだ。

グレースはエドワードへの憎悪と絶望のあまり自死を考えるほど追い詰められていくが、それを救ったのは息子の言葉だった。「僕も人に愛されるのが下手で恋人ができずに死にたいほど悩んでいる。もしママが人生の苦しみに耐えられるなら、僕も耐えられると思う。だから死なないで！」。そこで、ジェイミーは自分のスキルを活かして、同じ悩みを抱える人が共感できるようサイトの新設を思いつく。グレースが取り組んでいる詩集を活かせるし、何より“人の役にたつ”という生き甲斐をもたらすことができるのだ。

監督のウィリアム・ニコルソンは、『グラディエーター』や『エリザベス：ゴールデン・エイジ』などの脚本家として活躍してきたが、両親の離婚によって傷ついた若き日のことを今回映画化し監督を務めている。毅然とした強さと脆さで魅了したアネット・ベニングの熱演をはじめ、いつもの飄々とした雰囲気とは違って“29年耐えて来た男の悲哀”を背中に感じさせたビル・ナイ、そして戸惑いながらも両親の新たな旅立ちを繊細な演技でフォローしたジョシュ・オコナー。３人の名演によるアンサンブルは、シーフォードの美しさと共に心に沁みる一篇となった。

（河田 真喜子）

公式サイト：https://movie.kinocinema.jp/works/hopegap

提供：木下グループ　　配給：キノシネマ　　

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