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『王の願い ハングルの始まり』

 
       

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作品データ
原題 原題:나 랏 말 싸 미  英題:The King's Letters 
制作年・国 2019年 韓国
上映時間 1時間50分
監督 監督・脚本:チョ・チョルヒョン  共同脚本:イ・ソンウォン
出演 ソン・ガンホ、パク・ヘイル、チョン・ミソン、キム・ジュンハン、チャ・レヒョン、ユン・ジョンイル
公開日、上映劇場 2021年6月25日(金)~シネマート新宿、シネマート心斎橋、近日公開~京都シネマ、他全国順次公開

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~自国の文字を創り出そうとした国王の情熱と葛藤~

 

お隣の韓国と北朝鮮で使われている文字、なんだか謎めいていて、「記号」のように見えませんか。ぼくはからっきし韓国語(朝鮮語)はダメですが、この文字で書かれた文章を見ていると、全く飽きが来ません。それほどまでに興味深く思えるのです。


ounonegai-500-1.jpg韓国ではハングル、北朝鮮ではチョソングル。正式には訓民正音と呼ばれるこの文字が太古の昔からではなく、15世紀、正確には1443年に創り出されたと知ったときにはホンマに驚きました。日本でいえば、室町幕府の足利義政が将軍に選ばれたときです。それまで漢字が唯一の文字として使われていたとは……。


漢字は「意味」を持つ素晴らしい文字と思うんですが、なにせ難解なので、広く庶民のすべてが読めるはずがなく、一部の特権階級しか理解されませんでした。しかも外国(中国)の文字です。そこで、「こらアカン! 国民のだれもがわかる文字を創ろう」と思い立ったのが李朝第4代の王、世宗(セジョン)です。


ounonegai-500-6.jpgこの映画は、サブタイトルに付けられているように、ハングルが誕生した経緯を描いた歴史エンターテインメント! もっとも史実に基づいた決定版と謳っているわけではありません。あくまでも1つの説をかなり脚色しているので、ゆめゆめ鵜呑みにしない方がいいかもしれませんが、ぼくは妙に納得させられました(笑)。


「世宗大王」と呼ばれるこの王は韓国では誰もが知っている「国民的英雄」です。ハングルだけでなく、天文台や火砲鋳造所の設置、測雨器による農業推奨、銅活字を使った印刷など文化と科学技術の発展に尽くしたので、「国家英雄」とか「文化英雄」の異名を取っています。大学の教え子の韓国人青年によると、1987年の民主化以降、世宗の文民統治が再評価され、韓国のシンボル的存在になっているとか。


そんな御仁とあって、『私は王である』(2013年)と『世宗大王 星を追う者たち』(19年)という2本の映画が製作されました。後者はハングルの創作についても描かれていますが、本作は全く切り口が異なっています。


ounonegai-500-3.jpgそれは、儒教vs仏教、官僚vs僧侶という対立の構図を際立たせているからです。この国王、孔子が生み出した儒教による政策を推し進め、仏教を排斥していたんですね。しかしハングルを考案するに際し、仏教の僧にヘルプを求めざるを得なかったのです。なぜなら経典に書かれたサンスクリット文字を基盤にしたから。他にもチベット文字、モンゴル(パスパ)文字などを参考にしています。


王のしもべには多くの官僚がいます。世界史で、両班(やんばん)と習った人たちです。彼らは言わば儒教原理主義者で、自らの権力を維持するための「武器」として漢字を使っていました。当然、仏教の僧侶を敵視し、ハングルの創作は絶対に認められなかったのです。当時の朝鮮王国がこんな緊張状態にあったとはまったく知らなんだ。


ounonegai-500-4.jpg儒教国の元首として、国王がその狭間でどう立ち回るのかが見どころです。しかもお隣の大国、明の影響下にあったので、顔色を伺わねばなりません。漢字を無視すれば、明を蔑ろにしていると思われてしまう。うーん、極めて難しい判断です。


こうした複雑な背景もさることながら、何よりもキャスティングが素晴らしい。ぼくはさほど韓国映画には明るくありませんが、3人の卓抜した俳優の顔合わせが映画の成功につながったと思えるのです。


世宗に扮したのが韓国映画界の至宝といわれるソン・ガンホ。糖尿病に苦しみながらも、「この世で最も易しく、最も美しい文字」を創らんがために尽力する王を堂々たる演技で見せ切りました。安定感、抜群ですね。とりわけ弱音を吐くシーンがなんとも人間っぽくて、白眉!


ounonegai-500-2.jpgその王にへりくだることなく、ガチンコで対峙するシンミ和尚にパク・ヘイルが扮しました。高潔、かつ信念を貫く僧侶を終始、冷静沈着に演じてくれました。気品のある演技、そう言ってもいいでしょう。そして一昨年、48歳という若さで自死した名女優チョン・ミソンが仏教を信じる昭憲(ソホン)王妃をそつなく務めています。夫王とシンミに対する距離感の取り方が秀逸でした。


ソン・ガンホ、パク・ヘイル、チョン・ミソンの3人が顔を合わせたのは、あの名作『殺人の追憶』(03)以来、16年ぶり。彼らが同じ映像の中で収まると、そのシーンがひと際映えますね。だからこそ、チョン・ミソンの死が悔やまれてなりません。


ounonegai-500-8.jpgハングルの文字を1つずつ生み出していくプロセスも視覚的にひじょうに面白い。発声方法と丸、線、点などを巧みに組み合わせ、「記号」が「表音文字」へと変わっていく……。それは、紛れもなく固有文化を創り出す作業に他ありません。


朝鮮民族としてのアイデンティティーを文字に求めた一大国家事業。その基盤になったのが「国民のため」という考え。あゝ、なんと素晴らしい! 文化を築くということはこういうことなんやと改めて思い知らされた深みのある娯楽映画でした。


ちなみに、ぼくの名前(武部好伸)はハングルではこう表記されます。「다케베 요시노부」。

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト:http://hark3.com/hangul/

配給:ハーク 共同配給:EACH TIME

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