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『ブータン 山の教室』 

 
       

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作品データ
原題 英題: Lunana  A YAK IN THE CLASSROOM  
制作年・国 2019年 ブータン
上映時間 1時間50分
監督 監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演 シェラップ・ドルジ、 ウゲン・ノルブ・へンドゥップ、ケルドン・ハモ・グルン、ペム・ザム
公開日、上映劇場 2021年4月30日(金)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、5月7日(金)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開

 


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~秘境の地で真の幸せを見出した都会の青年~

 

「GNH」ってご存知ですか? Gross National Happinessの略語で、日本語では、「国民総幸福量」、あるいは「国民総幸福感」と訳されています。言うなれば、国民全体の幸福度を示す尺度です。これを何よりも尊重し、追求すべしと憲法で規定しているのがヒマラヤ山脈にある小国ブータン。こんな国は他にはありません。それゆえ、「世界で一番幸せな国」と言われているのでしょう。


butan-500-3.jpgでも、国連の世界幸福度ランキングにはブータンが入っていない! 調べると、このランキングはGNH(国民総生産)、社会保障、失業率、疾病率など欧米の価値観に基づいたもので、ベクトルが異なるんです。なので、北欧諸国やスイスが上位を占めています。ちなみに、日本は62位。ブータンが提唱しているのは、経済的ではなく、あくまでも精神的な豊かさです。この基準で日本を計ると、はて、何位になるのでしょうかね。


ブータンは1974年に鎖国状態を解くまで、独自な固有文化や生活様式が守られていました。ところが1999年にインターネットとテレビが解禁され、社会が様変わり。本作を観て、そのことがよくわかりました。首都ティンプーは日本の都市とあまり変わらない。スマホに没頭し、ヘッドホンで音楽を聴く若者は日本のヤングとそっくり! 何せ顔立ちも似ていますからね(笑)。


butan-500-16.jpg映画の冒頭で、素朴なはずの山岳国家ブータンに対する印象が見事に打ち崩されました。さらに主人公の若い教師ウゲンの顔を見た途端、びっくりポン! 中学時代、野球部のエースをしていた同窓生と瓜二つだったから。いきなり半世紀以上前の青春時代に引き戻され、修正するのに難儀しましたわ。


この青年、教師がイヤで、まるでやる気なし。完全に斜に構えており、歌手としてオーストラリアへの移住を望んでいます。確かにええ声~♬♪♬ ひとたび西洋化+近代化の波に呑み込まれると、もう元に戻れないんですね。


butan-500-11.jpgそんなウゲンに僻地の小学校への赴任が命じられ、ドラマが始まります。そこは北部のルナナという人口56人の寒村。標高が4800メートル。富士山(3776メートル)よりも優に高いんです。さぞかし空気が薄いのでしょうね。標高2300メートルのティンプーからバスと道なき道を歩いて1週間もかかるというブータンの僻地。つまり世界で一番の僻地!


電気が通っていない、携帯電話が通じない、トイレットペーパーがない……。教室にも黒板がない、ノートもない。そして若者がいない。とにかく、「ないない尽くし」ですが、代わりに、息を呑むほどの素晴らしい大自然と澄み切った空気、そして長い体毛を持つウシ科のヤクがぎょうさんいます。


butan-500-14.jpg素朴を絵に描いたような村人がたまりません。とりわけ子どもたちは純粋培養されたよう。みなヤクと共存しながら慎ましく暮らしています。ヤクは、乳、チーズ、肉などの食材、毛は衣服やテントの素材、糞は着火剤とすべて活用できる超優れモノの家畜です。このヤクこそが映画の〈キー・アニマル〉になっています。


こんな秘境にやって来た都会っ子のウゲンはカルチャー・ショックを受けますが、西洋志向がひと一倍強いだけに、激しく拒否反応を示します。自分とはまったく相容れない場所……。「こんなとこイヤや!」とあっさり引き返したら、ドラマになりませんわな。だから、踏み留まります(笑)。


butan-500-9.jpg「先生は未来に触れることができる人」。村人や子どもたちからそう言われれば、誰だって心が動きます。教師に絶大な期待を寄せる彼らとの〈温度差〉を自覚し、白けた気分にポッと灯がともる。そんな感じです。


教え子の中でも、ペム・ザムという利発な女の子が光っています。チラシとポスターで大写しになっている子です。本当にキラキラ輝いています。どこまでも教師を慕い、尊敬の念を抱いている。今や日本の教育界では見られなくなった師弟関係に胸が熱くなりました。


butan-500-2.jpg驚いたのは、すべて英語で教えていたこと。ブータンの就学率は90%と高く、どの学校でも英語教育が徹底されているんですね。小国が生き延びるための懸命な政策なのでしょう。ウゲンが英語圏のオーストラリアへ行こうとしたのもその恩恵があってのこそ。


彼は知恵を働かせ、何とか村の生活様式に慣れるように努め、少しずつ教え子たちと村人に溶け込んでいきます。そのうち何かしら心の中で意識が変わってくる……。まるで自分の本質を照らし出すものを見出したかのように。その様子がほんわかと包み込むような感じで描かれており、観ていて非常に心地よいです。


butan-500-5.jpgブータン出身のパオ・チョニン・ドルジ監督の本業は写真家で、これが映画デビューらしいです。リアル感を出すため、実際に村人をそのまま出演させています。35人のスタッフが65頭の馬に機材を載せて村にたどり着き、太陽電池を使って撮影したそうです。えらい苦労して作られているんです。


村人たちは貧しく、厳しい生活環境に置かれているけれど、幸せに暮らしています。おそらく、この映画で映し出された世界が本来のブータンの姿なのでしょう。「世界で一番幸せな国なのに、先生のような国の未来を担う人が、幸せを求めて外国へ行くのですね」。この村長の言葉(疑問)がズシリとハートに響きました。これぞ監督の訴えたいことです。


butan-500-12.jpg幸せってなんやろ? それは金、健康、家族、趣味……と人によって価値判断が異なり、一概に確固たる答えは出ないでしょうね。でも、この映画を観ると、冒頭で触れたGNHの真の意味がわかっていただけると思います。一度、ブータンに行きたくなる、そんな温かい映画でした。

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト:https://bhutanclassroom.com/

後援:在東京ブータン王国名誉総領事館 協力:日本ブータン友好協会

配給: ドマ

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