原題 | NOMADLAND |
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制作年・国 | 2020年 アメリカ |
上映時間 | 1時間48分 |
原作 | ジェシカ・ブルーダー(「ノマド : 漂流する高齢労働者たち」春秋社刊) |
監督 | 監督・脚色・編集 : クロエ・ジャオ 製作:フランシス・マクドーマンド、ピーター・スピアーズ、モリー・アッシャー、 ダン・ジャンヴェイ、クロエ・ジャオ 撮影監督 : ジョシュア・ジェームズ・リチャーズ 音楽 : ルドヴィコ・エイナウディ |
出演 | ファーン : フラ,ンシス・マクドーマンド デイブ: デヴィッド・ストラザーン リンダ : リンダ・メイ スワンキー : スワンキー ボブ : ボブ・ウェルズ |
公開日、上映劇場 | 2021年3月26日(金)~全国ロードショー |
受賞歴 | 《第93回(2021年)アカデミー賞®》作品賞・監督賞(クロエ・ジャオ)・主演女優賞受賞(フランシス・マクドーマンド)、《2020年・第77回ベネチア国際映画祭》金獅子賞受賞、《第45回トロント国際映画祭》観客賞受賞 |
~自由を求め、流れに身を任せる放浪の民~
昨今のアメリカは、先の大統領選挙で露になったようにリベラル(民主党支持者)と保守(共和党=トランプ党支持者)との分断が社会に軋みを与えています。しかし、この『ノマドランド』を観て、そうした対立軸の社会では括れない世界もちゃんと存在していることがわかりました。
それはノマド(nomad)が生きる社会です。「ノマド」とは元々、「放浪者」「遊牧民」を表すフランス語で、「定住地を持たず、移動しながら暮らす人」を意味します。そこから派生し、最近では「時間と場所に捉われずに働く人」にも使われてきています。
本作は元の意味の方で、キャンピングカーを自宅代わりに使い、各地を転々と移動している人たちの実態に迫っています。ヨーロッパでは、ロマ(ジプシー)の人たちがそのような暮らしを踏襲しており、何度か目にしたことがあります。彼らは先祖代々、放浪生活を営んできているのに対し、アメリカのノマドは状況が異なります。
主人公のファーンは夫と死に別れた60代の女性。子どもはいません。ネバダ州にある石膏採掘の大企業(USシブサム社)が営業悪化のため閉鎖されたのに伴い、彼女が住んでいた企業城下町の住民が全員、立ち退かされました。これ、実際にあったそうです。家族との思い出の詰まった町がこの世からなくなるとは……。わっ、えらいこっちゃ!
亡き夫のキャンピングカーで暮らし始めたファーンは、おそらくよその町で仕事を見つけて定住するつもりだったのでしょう。しかしアマゾンの集配センターで短期労働したときに知り合ったリンダという女性に紹介され、ノマドの集会に足を向けたことから、人生が大きく変わっていくのです。
リーマンショックで全てをなくした女性、自殺した息子を忘れられない男性……。いろんな事情によって悲しみや喪失感を抱き、放浪する身になった人たちが集っています。大半が高齢者です。みな深い苦しみを体験したせいか、妙に穏やかで、他者に対しても優しい。そして困っている者がいたら、手を差し伸べるという「共助」で成り立っています。仲間意識がすごく強いんですね。
サンタクロースによく似たリーダーの中年男ボブ・ウェルズは、あのとんでもない教祖、〇原〇晃のような怪しい人物ではないかと思いきや、俗世を断ち切り、悟りを開こうとしている仙人か聖者そのものでした。人間的に熟成してはります。
一体、どうやってメシを食うているのか。それが一番気になっていましたが、みな季節労働者なんですね。だから移動しても生きていけるんです。ファーンも、赤カブの収穫場、公園のキャンプ場、ドーナッツ・ショップなど期限付きで働いていました。排便と排尿の問題も納得できました!
日本ではあまり知られていないノマドの暮らしぶりは非常に興味深いものです。しかしそれ以上に、主演フランシス・マクドーマンドの映画に対する取り組みに惹かれました。この人、『ファーゴ』(1996年)と『スリー・ビルボード』(2017年)で二度もアカデミー賞主演女優賞に輝いた名優です。旦那さんはコーエン兄弟の兄の方、ジョエル・コーエン。ハリウッドでは珍しく、36年間も連れ添っています。
妥協を許さず、権力に対してがんと立ち向かい、不撓不屈の闘志を持ったたくましい女性を演じたら、彼女の右に出る者はいないでしょう。それは本人のキャラクターが多分に影響しているように思えるのです。現在、63歳。整形手術やシワ伸ばしなんぞとは無縁で、スッピンで出てはります。それでも全く違和感を覚えないのだからスゴイ! シワの一本、一本が「芸風」になっています(笑)。
「でや、これがうちの素顔やで!」。こんなふうに自己主張しているようで、何とも毅然としており、ブレてない。演技に対しても同じように自然体で臨んでいます。本作では、実際にノマドの生活に入り込み、同化しているのが手に取るようにわかりました。だから、演技しているようには見えないんです。ホンマに稀有な俳優さんですわ。
放浪の民として生きる決意をしたファーンは、定住では得られないモノを見出したかったのでしょう。それが彼女の本来の姿であり、ひょっとしたら一番、楽チンなのかもしれませんね。物質的に恵まれた生活ではなく、精神面を重視した生き方。演じるマクドーマンド自身もそれを望んでいるような気がしてなりません。
もっとも、誰もがすべてノマドになれるわけではありません。しがらみのキツイ人や物欲の強い人は無理でしょう。彼女は独り身という身軽な状況にあるとはいえ、人一倍、自由を求める気持ちが強く、独立心と自意識に富んでいるからこそ、実践できたのだと思います。いや、そういう生き方しかできなくなったのかもしれません。
監督のクロエ・ジャオが中国生まれの女性という点に興味が引かれます。「よそ者」である彼女がアメリカの格差社会を告発するでもなく、通常とは異なるベクトルで生きる人たちに目を向けたのです。実際のノマドを出演させ、本音を吐かせたのは、現代人に対して何らかの暗示を与えたかったからでしょう。
自然とつながり、人との交流を求め、人生のプロセスを尊重する生き方は素晴らしい。何よりも自由というのが羨ましい。ファーンの車が一直線の道を爆走するラストシーンは呪縛された過去からの脱却のように見え、思わず喝采。好きなように生きなはれ~!
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://searchlightpictures.jp/movie/nomadland.html
配給 : ウォルト・ディズニー・ジャパン
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