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『すばらしき世界』

 
       

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作品データ
制作年・国 2021年 日本
上映時間 2時間06分
原作 原案:佐木隆三著(「身分帳」講談社文庫刊)
監督 脚本・監督:西川美和(『ゆれる』『ディア・ドクター』『永い言い訳』)
出演 役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美/梶芽衣子、橋爪功
公開日、上映劇場 2021年2月11日(金)~全国ロードショー
受賞歴 第56回シカゴ国際映画祭 2冠!!【観客賞】【最優秀演技賞】〈役所広司〉


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~元やさぐれ男の涙ぐましい社会復帰物語~

 

役所広司と西川美和――。日本を代表する演技派俳優と脂が乗る実力派の女性監督がタッグを組んだのだから、興味が湧かないはずがありません。しかも、これまでオリジナル脚本にこだわってきた西川監督にとって、初めて小説をベースにした映画です。


SEKAI-pos.jpg原作者は、『復讐するは我にあり』や『海燕ジョーの奇跡』などインパクトのある社会派ノンフィクション小説を世に放った佐木隆三さん(1937~2015年)。一時期、この人の作品をよく読んでいました。本作は1990年に発表された『身分帳』を現代風に脚色したものです。


刑務所を出た三上正夫という中年男の足跡を追った物語。実在の人物です。福岡で芸者をしていた母親と4歳の時に離別し、10代半ばから暴力団の組員となり、何度も刑務所へ。そして13年前、敵対するヤクザを日本刀でめった刺しにし、旭川刑務所に収監されました。


喜怒哀楽の激しい感情的なタイプ。間違った人生を歩んできたのに、間違ったことを許せない。街中でチンピラに絡まれているサラリーマンを見ると、反射的に助けてしまう「正義感」の持ち主で、ひとたび怒り(暴力)モードに切り替わると、ブレーキが利かなくなるというそんな怖いおっちゃんです。とにかくめちゃめちゃ腕っぷしが強い!


それでいて情にもろく、かなり几帳面で、モノづくりには器用なところがある。ミシンで裁縫したり、家具を組み立てたり……。言うなれば、一筋縄ではいかない多面的なキャラ。根っ子のところは真面目だと思うんですが、あまり近づきたくない人物です(笑)。それでも妙に人間臭くて、憎めない。


うーん、この手の男……。『男はつらいよ』の寅さんを硬派にしたような、あるいは『悪名』の朝吉親分のような、昭和の匂いをふんぷんとさせている古風、かつ不器用なおっちゃん。例えが古いなぁ(笑)。ともあれ、いろんな顔を見せてくれるので、主人公としては申し分ありません。


この三上の役どころは役所さんしか考えられませんね。冒頭、刑務所で粛々と服役中のシーンから惹きつけられ、出所後、身元引受人の弁護士(橋爪功)の家で極上のすき焼きをご馳走になって感涙する場面で完全にハマってしまった。ヤバイ男だけれど、愛おしくなり、自然と応援したくなるんです。


SEKAI-500-1.jpg上手いんですよ、西川監督の人間の描き方が。出世作の『ゆれる』(2006年)や『ディア・ドクター』(09年)などでも見せてくれたように、真正面からのクローズアップを多用して人物の素顔(本質)をあぶり出すのが得意芸。


その術中に名優がわざとハマり、想定外に内面をじんわりとさらけ出していく、そんな演技を役所さんが披露していましたね。硬く言うと、「緊張ある安定感の中で構築された妙技」ですかね。なんのこっちゃ、よぉわかりませんが(笑)。


プレスシートに目を通すと、西川監督が17歳の時、テレビドラマ『実録犯罪シリーズ 恐怖の二十四時間 連続殺人鬼 西口彰の最期』(1991年)を観て、主演の役所さんが脳裏に焼き付き、それが今回のキャスティングにつながったようですね。その西口彰は、佐木隆三さんの原作を今村昌平監督が映画化した『復讐するは我にあり』の主人公のモデルになった人物。いろいろ連鎖しているのがオモロイです。


不明な部分を探るため、西川監督が多くの関係者に取材し、脚本を書き上げるまで4年もかかったとのこと。さすがに物語が練れています。彼女の小説家、脚本家としてのレベルはかなり高いです。いつの日か、直木賞か芥川賞を受賞するのではないかとぼくは睨んでいます。


前述した今村昌平監督のカンヌ映画祭パルムドール受賞作『うなぎ』(1997年)でも、役所さんは出所した元殺人犯を演じていましたが、あの映画では水生動物のウナギと向き合っておれば事足りました。本作ではしかし、社会復帰という大きな壁が立ちはだかっているのです。それが映画の見どころになっています。


犯罪者の社会復帰というテーマはこれまでいろんな映画で取り上げられてきました。社会の偏見にさらされながら、主人公が必死になって堅気の人間として生きようとする姿を、何とも俗っぽいテレビマンの津乃田(仲野太賀)が垣間見ていきます。


狂言回しにしては、あまりにも両者の距離感が近い。最初は取材対象者として、それが三上の素顔を知るにつれて友人のような間柄になり、ついには父親的な存在にまで昇華するのですから。この男を出したことで、作品のテイストがガラリと変わったと思います。


SEKAI-500-2.jpg津乃田に指示するテレビ局のやり手女性プロデューサー(長澤まさみ)の終始、視聴率を念頭に置いた興味本位な立ち位置とは対照的に、この青年が人を見る目を養っていき、どんどん人間的に成長する様子を脇筋(サブ・プロット)として設けています。それが本作の重しになってるんですね。まさに西川監督の脚色さまさまです。


人と人との関わりも丁寧に描かれています。弁護士の夫婦(橋爪と梶芽衣子)、スーパーの店長(六角精児)、ケースワーカー(北村有起哉)、かつて所属していた暴力団の組長夫婦(白竜とキムラ緑子)……。いろんな立場から親身になり、生きづらさに直面している三上をサポートする人物たちの何と温かいこと。


「世の中捨てたもんやおまへんで」。そこのところを西川監督は伝えたかったのでしょう。


ラストのコスモスの花束が効いています。花言葉は「調和」と「謙虚」。元やさぐれのややこしいおっさんにそんな可憐な花を添えたのは西川監督の人を見る優しさに他なりません。

ちょっと褒めすぎたかもしれませんが、確かに見応えがありました!

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト:https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/

配給:ワーナー・ブラザース映画

© 佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

 

 
 

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