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『聖なる犯罪者』

 
       

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作品データ
原題 Boze Cialo 
制作年・国 2019年 ポーランド・フランス合作
上映時間 1時間55分 R18+
監督 監督:ヤン・コマサ  脚本:マテウシュ・パツェピチュ
出演 バルトシュ・ビィエレニエア、アレクサンドラ・コニェチュナ、エリーザ・リチュムブル、トマシュ・ジェンテク
公開日、上映劇場 2021年1月15日(金)~テアトル梅田、京都シネマ、2月5日(金)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開


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~信仰、救い、罪とは何か……、そこを問うニセ神父~

 

人間、誰しも表の顔と裏の顔があります。あんなマジメな紳士がお酒を一滴飲んだ途端におちゃらけ人間に、なんてことはよくありますし。ぼく自身、結構、ひょうきん者で通っていますが、バーの止まり木で1人グラスを傾けているときは、シブイ大人になっているんですよ。ホンマかいな(笑)


豹変という観点から見ると、『ジキルとハイド』や『オオカミ男』を思い浮かべますが、前者は薬による二重人格、後者は満月による変身と現実離れがしています。その点、この『聖なる犯罪者』はリアル感満点です。ある意味、『ジキルとハイド』や『オオカミ男』よりも怖い、というか不気味です。それは、みなそうなる可能性を秘めているからです。


seihan-sub2.jpg舞台はポーランド。主人公のダニエルは、ケンカで人を殺め、少年院に収監されている20歳の青年です。見るからにワルそのもの。所内での暴行に平然と関わっている典型的な不良なのに、信仰心がめちゃめちゃ強いんです。所内でのミサではトマシュ神父の説教を真摯な姿勢で聴き入っています。えっ、ウソやろ……!?


ポーランドは国民の9割が敬虔なカトリック教徒です。かの国を訪れたとき、日曜日にミサで教会へ足を向ける人をよく見かけました。どうして彼が信仰に身を委ねるようになったのか、そこがキーポイントです。やはり真正面から向き合ってくれたトマシュ神父の存在が大きいように思えます。聖職者になりたがっているんですが、あにはからんや前科があるとそれは叶いません。やっぱり悪いことしたらあきませんな。


seihan-sub5.jpgこの青年に扮したバルトシュ・ビィエレニアというポーランド人俳優の存在感が尋常ではありません。撮影時が28歳。そんじょそこらの青年とは面構えが違います。とりわけ眼力(がんりき)、目力(めぢから)がスゴイ! その鋭い眼差しで睨まれたら、ぼくなら絶対に動けませんわ。ヘビに睨まれたカエル……。そう、毒蛇のような目つきなんです。このキャスティングなくして、この映画はあり得なかった!


仮出所したダニエルが田舎町の製材所で働くはずだったのに、ちょっと教会に立ち寄ったことから、代理の神父(司祭)にならざるを得なくなります。「ぼくは司祭です」と軽く言い放ったウソが濃密なドラマを生み出していくのです。虚言がすべての始まり。以降、彼はニセ神父を貫き通さなければならなくなり、いつ正体がバレるのかとヒヤヒヤさせられるところがミソ。だから、サスペンス映画とも見てとれますね。同じ少年院に入っていた青年が姿を現したときは、思わず声が飛び出しそうになりました。


seihan-sub1.jpg殺人者と聖職者、つまり超世俗と宗教界。真逆の世界で生きるダニエルの言動が非常に興味深いです。重大な罪を犯した者が、罪を犯した人間の告解を聞くシーンの何とパラドクシカル(逆説的)なこと! そのときスマホで「告解の手引き」のアプリを開いて対応していたのが、たまらなくおかしかった。自己流のミサで、形式を問わず、ストレートに胸の内をぶつけるうち、どんどん村人の心をつかんでいきます。


ドラマの流れが変わるのは、1年前に村で起きた無残な事故の原因をダニエルが探り始めてからです。その過程で、信心深い人たちの偽善性があぶり出されてきます。このくだりによって、映画は単なる「ニセ神父物語」では収まりきらなくなります。ゆめゆめカトリック批判ではありません。信仰とは、罪とは、救いとは何か。それを〈心の闇〉に迫っていくことで問いかけてくるのです。それこそ映画のテーマそのものかもしれませんね。


seihan-sub7.jpgダニエルが垣間見せる邪悪、かつ不敬なる側面が強烈な一撃を与え、ひょっとしたらこの青年は本気で聖職者になろうとしているのではないかというぼくの期待を見事に裏切ってくれます。あゝ、彼の本性がわからなくなってくる……。そのうち何とも挑発的な空気がみなぎってきます。誰に対して挑発的なのか? 社会全体なのか、あるいは偽善ぶった人間に対してなのか。だとすれば、社会風刺劇ですがな。


ポーランドではニセ神父がたまに出現するそうで、この話も実話とか。長編作がこれで3作目という気鋭のヤン・コマサ監督が情け容赦のない精緻な描写で主人公を操り、観る者の目をくぎ付けにさせます。ブルーを基調にした陰鬱な映像がダニエルの重い心象風景のように思えました。


seihan-sub6.jpg亡きアンジェイ・ワイダやロマン・ポランスキーといった巨匠は言うに及ばず、夏に公開された『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』のアニエスカ・ホランド……とポーランドの映画監督たちはみな一歩踏み込み、押しのある演出をしてはります。この映画でもラストで、コマサ監督がグッと踏み込んでいました。ダニエルは悪魔か天使か? 観終わったあと、しばらく悩みますよ。

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト:http://hark3.com/seinaru-hanzaisha/

配給:ハーク

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