制作年・国 | 2020年 日本 |
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上映時間 | 2時間22分 |
原作 | 塩田武士『罪の声』(講談社文庫) |
監督 | :土井裕泰 『いま、会いにゆきます』『涙そうそう』『ハナミズキ』『麒麟の翼』『ビリギャル』 脚本:野木亜紀子 『図書館戦争』シリーズ、ドラマ「逃げ恥」「重版出来」「アンナチュラル」「MIU404」 |
出演 | 小栗旬 星野源 松重豊 古舘寛治 / 宇野祥平 篠原ゆき子 原菜乃華 阿部亮平 / 尾上寛之 川口覚 阿部純子 /市川実日子 火野正平 / 宇崎竜童 梶芽衣子 |
公開日、上映劇場 | 2020年10月30日(金)~全国東宝系にてロードショー |
~あの劇場型犯罪に“加担”した子どもたちの行く末~
社会が舞台、犯人が主役、警察が脇役、そして市民とマスコミが観客――。こんな構図から成る「劇場型犯罪」の典型的なケースが「あの事件」です。1984年3月から1年半にわたり世間を震撼させた一連の食品会社脅迫事件。あれから35年が経ったとは……。2000年に時効を迎え、昭和最大の未解決事件となりました。
その事件をモチーフにして独自な視点から真相に迫ったのがこの映画です。原作は、元神戸新聞記者の作家、塩田武士氏の同名ベストセラー小説(2016年)。事件名を明確に出せないのは、映画会社から特定しないようにとのお触れが出ているからです。でも、絶対にわかりますよね(笑)。この映画では、「ギンガ・萬堂事件」となっています。もどかしいですが、ゴマかしながら書かせてもらいます。
「あの事件」が発生したとき、ぼくはY新聞大阪本社の科学部記者でした。隣の部署が本チャンの社会部だったので、事件と取材の成り行きを「外野席」からじっくり眺めることができました。タイプライターによる人を食ったような挑戦状が犯人グループから編集庶務課に届くたびに編集局内が騒然となっていたのを鮮明に覚えています。
当初は単なる脅しと思われていました。ところが、実際に青酸カリが店頭のお菓子に混入されるや、一気に緊迫感が高まり、「これはヤバイ! ややこしなるぞ」と直感。そのうち関西訛りの子どもの声で金の受け渡しを指示するテープが公表されました。機械による合成音ではなく、ホンモノの子どもの声。さすがに驚いた。幼い子まで共犯になっているとは……。
その子どもが35年の歳月を経て、ひょんなことから自分が「あの事件」に関わっていたことを知る。そこに焦点を当てたのが『罪の声』です。これまで「あの事件」を題材にした読み物が数多く出回りましたが、ほとんど真正面から見据えたものだったので、この切り口は非常に斬新に思えました。作家、塩田氏の着眼点に敬意を表したいです。
声の主は、京都で紳士服のテーラーを営む曽根俊也というごく平凡な男性。誰しもこの人物の立場になれば、強い罪悪感に苛まれ、何とも気分が重く感じられることでしょう。そんな揺れ動く心情を星野源が繊細に、かつ抑制的に演じていました。これは相当難しい役どころだと思います。
もう1人の主人公、それが小栗旬扮する大日新聞大阪本社の記者、阿久津英士。元社会部記者で、ガンガン特ダネを取っていた敏腕のサツ記者(警察担当)でしたが、「燃え尽き症候群」になり、文化部へ移籍してきたようです。その阿久津が事件を検証すべく特別企画班のメンバーとして取材に当たります。まぁ、ふつうなら文化部記者が加わることはまずあり得ません。大阪本社の社屋が大阪市役所の庁舎になっていて、思わず吹き出してしまった。
幼いころ事件に関わっていた一般市民と、もう一度、事件を総括しようとする新聞記者。2人が別のルートで核心に迫っていくにつれ、だんだん距離が狭まってきます。そこのところが妙にスリリングでした。そして両者がスクラムを組むや、映像がことさらパワーアップし、一気呵成にゴールへと突き進んでいきます。
「声の主」は曽根のほかに2人います。彼らの生い立ちが「静的」に浮き彫りにされる一方で、阿久津の取材活動が「動的」に活写されています。この対照的な描き方がメリハリを与えていました。まさか英国の地方都市ヨークにまで話が広がっていくとは想定外でしたが……。
大阪と京都を主舞台に物語がじわじわと進行し、やがて犯行グループの全容が明るみになってきます。当時、暴力団、過激派学生、食品会社の元社員、株を操作する仕手集団などいろんな犯人像が浮かび上がりましたが、どれも決め手を欠きました。この映画の犯行グループにはぼくは納得です。はて、皆さんはどうでしょうかね。ラストが少し甘かったかな(笑)
いかなる犯罪も実行犯だけでなく、その家族や周辺を必ず巻き込みます。なかには取り返しのつかない人生を送る羽目になるかもしれません。「声の主」の3人の子どもたちの行く末を見れば、一目瞭然。その意味で、本作は濃密な人間ドラマとしても十分、観させます。
事件のクライマックス――。身代金の受け渡しが一転二転とし、実行犯が乗った白いライトバンが滋賀県の大津インター付近で停車。その周辺に多くの捜査員が張り込んでいる中、この件を聞かされていない滋賀県警の外勤警察官が不審車両と思って職務質問しようとしたとき、ライトバンが逃走。唯一、犯人を逮捕できる最大のチャンスを逸してしまった!!
この取り逃がしの場面、映画の中できちんと再現されていました。
「アカン、逃げられた!」。35年前、社会部内に置かれた警察無線から現場の捜査員の悲痛な声が飛び交いました。多くの社会部記者にまじって、「よそ者」のぼくも現場の様子を刻々と伝える無線を一心不乱に聴き入っていました。「これでやっと捕まる!」。誰もがそう思っていただけに、取り逃した瞬間、編集局内に大きなため息が漏れました。
「あの事件」は、大阪府警、兵庫県警、京都府警が情報を共有しており、その他の警察本部は言わば、蚊帳の外状態でした。滋賀県警のお巡りさんは忠実に職務を遂行しただけなのに、責任を取って辞職し、さらには滋賀県警本部長を自殺に追い込みました。何という悲劇。この一件を機にその後、広域捜査の連携の徹底化が図られました。
以下、ぼくからの挑戦状。
「犯行グループへ!
まだ日本のどこかにおるんやろ この映画をしっかり観なはれ あんたらが いかに世の中、家族、市民、警察を苦しめたか そのことを思い知らなあかんで 時効になったけど そんなん関係あらへん 勇気あったら、表に出てこんかい ホンマ まちがいなく地獄行きやで
なにわのケルト人」
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://tsuminokoe.jp/
配給:東宝
(C)2020 映画「罪の声」製作委員会