古き良きニューヨークのきらめきよ、再び！

ビル・マーレイ、かつてないはまり役！

～自由闊達なパパに学ぶ人生の愉しみ方～

「いいか、他の男を好きになるな、結婚するまではパパのものだ…結婚してからも、な。」「OK、パパ。」――と幼い娘を言いくるめる父親の奇妙な会話から始まる、映画『オン・ザ・ロック』。遊び上手で常にうんちくを語る父親・フィリックスを演じたビル・マーレイが、この上ないはまり役で絶品。そんな父親に対して控えめで思慮深い娘のローラを演じたラシダ・ジョーンズが、これまた絶妙なコンビネーションで魅了する。どこか懐かしさを感じさせる作品。

それもそのはず、ソフィア・コッポラ監督が二人をあてがきにして書いた脚本だという。古き良きニューヨークの魅力たっぷりに、対照的な性格の父娘が奏でる不協和音が、最後は見事なまでのハーモニーを奏でる。不安を抱えて生きる現代人に、ゆとりと安らぎを与えてくれるような、ハートウォーミング・コメディの登場である。

二人の幼い娘のいる文筆家のローラは、ある日、出張から帰って来た夫・トーマス（マーロン・ウェイアンズ）が奇妙な態度をとったことから、夫の浮気を疑うようになる。IT企業を立ち上げたばかりで多忙を極める夫は海外出張も多く、家のことはローラに任せっきり。疑いの決定打は、夫のスーツケースに女物のポーチが入っていたこと。誰にも相談できず悶々としていたが、夫の心理を知りたくて、よりによって父親・フィリックスに電話を。ローラが子供の頃、父親の浮気で両親が離婚していたこともあり、この手の事情には詳しいのでは？と思ったのだ。

ローラに頼られてヨーロッパから飛んで帰ってきたフィリックス。ローラの誕生日だというのに仕事で留守にしていた夫に代わり、ピンクのバラの花束を贈ったり、高級レストラン「クラブ２１」へ連れ出したり、自分が一番大切にしていた時計をプレゼントしたり、フィリックス流にローラを喜ばせようとする。また、探偵気取りで夜のニューヨークを駆け回ろうとしたり、出張先まで追い掛けたりするが、やること為すこととんちんかんな事ばかり。

毎日の子供の学校への送迎や家事に仕事と、都会暮らしの中でいつの間にか余裕のない生活を送っていたローラ。働き者の夫と可愛い二人の娘、何一つ不満などないはずだったのに、ふとした疑惑からこの幸せが脆いものであることに気付く。娘婿を敵だと思っている的外れでおせっかいな父親のせいで、生真面目なローラの不安はつのるばかり……。

絶妙な間合いとバランスで父娘を演じたビル・マーレイとラシダ・ジョーンズ。「なぜ家族を捨てて他の女性との人生を選んだの？」と詰問する娘に対し、間をおいて静かに悲しそうな眼差しで答える父親。フィリックスにも深い想いがあったことを伺わせるビル・マーレイの表情にすっかり魅了されてしまった。こんなパパなら大歓迎だ！

フィリックスのキャラクターはソフィア・コッポラ監督自身の生い立ちを反映しているという。『SOMEWHERE』(2010)では少女から見た父親像、今度は大人になってから見た父親像、というか周囲に居たフィリックスのような大人たちを参考にしているとか。ローラの役も監督と同じような境遇で育ったラシダ・ジョーンズ（父親は歌手のクインシー・ジョーンズ）には共感しやすかったようだ。バラバラだった娘と娘婿と父親を、すったもんだの挙句、ストンと“幸せの箱”に落とし込むあたりは、さすがソフィア・コッポラ！監督の手腕が光る。

いつでもどこでも、女性を崇め、音楽を楽しみ、皆を喜ばせようとするフィリックスの姿に、人生の愉しみ方を教えられたような気がする。また、「いつまでも魅力的であるためには、自身を持つこと。自分の魅力を知っている人は、美しく見える」という金言にも励まされる。余裕のない不安だらけの日々だからこそギスギスしていても始まらない。フィリックスに振り回されながらも、父親の愛情を感じて自信を取り戻していくローラのように、誰でも誰かの大切な存在であることを信じて、日々過ごしていきたいものだ。

（河田 真喜子）

公式サイト： http://ontherocks-movie.com

配給：東北新社　STAR CHANNEL MOVIES

コピーライト表記： 【ポスター】　©2020 SCIC Intl　　【場面写真】　Photo Courtesy of Apple