原題 | The Painted Bird |
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制作年・国 | 2019年 チェコ・スロヴァキア・ウクライナ合作 |
上映時間 | 2時間49分 R15+ |
原作 | イェジー・コシンスキ「ペインティッド・バード」 (松籟社・刊) |
監督 | 監督・脚本:ヴァーツラフ・マルホウル 『戦場の黙示録』 |
出演 | ペトル・コラール、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー『プライベート・ライアン』、ウド・キアー |
公開日、上映劇場 | 2020年10月9日(金)~大阪ステーションシティシネマ、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ西宮 OS 他全国ロードショー! |
異質な存在を排除する人間の本性、
そこに斬り込むものスゴイ映画
新型コロナ禍の社会。みなマスクをしている中でマスクをつけていなかったら、奇異な眼差しで見られますよね。それはみんなと同じではないから。つまり、「マスク社会=スタンダードな社会」という固定概念ができており、マスクなしの人は異質な存在に映るからでしょう。そこで過剰反応が起きれば、〈異端者〉としてバッシングされることもあります。同調圧力によってポーズ、あるいはアリバイで着用している人が結構、多いと思うのですが……(笑)。
これは一体何なのですかね? 何となく居心地が悪いなぁと思っていたとき、この映画を観ました。モノクロでかなりの長尺、しかも陰鬱な画風……。腹をくくって向き合ったら、何のことはない、グイグイ引きずり込まれましたがな。そして、観終わった瞬間、素直にこう思った。かくも人間の本性にストレートに斬り込んだ映画は珍しいと!
第2次世界大戦中、ナチス・ドイツのホロコースト(大虐殺)から田舎に逃れてきた1人の少年の放浪譚です。名前は語られません。ユダヤ人かロマ(ジプシー)でしょう。場所は東ヨーロッパのとあるところ。独り暮らしのおばあさんの元に身を寄せるも、その人が病死し、家も焼けたので、どこかへ移らざるを得なくなります。そこからドラマがスタート。
少年は8か所を転々とするのですが、どこでも白い目で見られ、徹底的に排除されます。それは、不明な素性だけでなく、見た目が異なるからです。住民はみな白い肌、薄い瞳、金髪ですが、少年はオリーブ色の肌で、黒い瞳と黒い毛髪。例えて言えば、マスクだらけの巨人ファンの中で、一人マスクなしのトラキチが大声で「六甲おろし」を歌っているようなもの。
ある村では「悪魔」とののしられ、またある所では性的虐待者の餌食にされます。少年は反社会的な振る舞いをしておらず、ごく普通に暮らしているだけなのに、目の敵にされるのです。その理不尽さに憤りを覚えます。そんな少年に牙をむくのが、みなごく普通の人たち。そこがたまらなく恐ろしい!
孤独な中、恐怖を与え続けられ、打ちのめされるうちに、少年が少しずつしたたかに、かつたくましくなってくるところに共感を抱きました。それと、少年を処刑するはずのドイツ兵(ステラン・スカルスガルト)が取った意外な行動にも安堵しました。暗闇が深化すると、光がよりまばゆく感じられ、悪が当たり前のように横行すると、善がなおさら際立ちます。本作は、相反する2つの世界を描いた映画なのかもしれませんね。
原作は、イェジー・コシンスキというユダヤ系ポーランド人作家が渡米後の1965年に英語で出した小説『ペインテッド・バード(色に染められた鳥)』です。それをチェコ映画界の巨匠といわれるヴァーツラフ・マルホウル監督が3年がかりで脚本、4年がかりで資金集め、2年がかりで撮影、その他諸々でトータル11年がかりで映画を完成させたそうです。確かにその重みがズシリと感じられました。原作者と監督のことは全く知りませんでした。
興味深かったのは、国と地域を特定しなかったこと。そしてドイツ兵とソ連兵が喋るドイツ語とロシア語以外、聞いたことのない言葉が話されていたこと。プレスシートを見ると、スラブ語圏のエスペラント語(スラヴィック・エスペラント語)となっていました。つまり人工言語なんです。場所と言語を曖昧にしたのは、ドイツとソ連によって蹂躙された東ヨーロッパ全域の物語にしたかったからでしょう。
全編、叙事詩のような佇まいで、怖いほどの静寂に包まれています。少年はほとんど喋らず、全体的にセリフも極端に少ない。この点について、マルホウル監督は「絶対的な静寂は、どんな音楽よりも際立ち、感情的に満たされる」(プレスシートより)。うーん、深い。
英語版にしなかったことについては、「英語で撮ると、ストーリーの信頼性が失われてしまう」。これは大いに納得! 世界市場を見据え、英語圏でない映画でも英語で作る風潮が強まっていますが、もうそろそろこの路線から脱却しましょう。観る方の目が厳しくなってきていますからね。
少年はいろんな人と出会います。邂逅の場面が、うごめく雲、広大な大地、不気味な森、生命力を感じさせる河川など雄大な自然を前面に押し出した絵画的な映像の中で綴られていくのです。激烈な描写が多いとはいえ、ひじょうに品のある映像に仕上がっています。
ユダヤ人に対するナチス・ドイツの組織的な暴力、ナチス協力者に対するソ連の非人間的な暴力もさることながら、偏見と迷信深さに根づいた住民の価値観がどれほど人を苦しめ、安易に暴力へと走らせるのか。そこを本作は容赦なく突いてきます。
少年のタフさ、打たれ強さ、忍耐力、生命力はずば抜けています。逆境に強い人間そのもの。松本清張の原作を野村芳太郎監督が見事に映画化した『砂の器』(1974年)で、吹雪舞う酷寒の日本海沿岸を父親と放浪していたあの少年、秀夫を彷彿とさせます。キリッとした目つきがそっくり。この映画も根底では、「魂の詩」を謳い上げていました。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:http://www.transformer.co.jp/m/itannotori/
配給:トランスフォーマー
後援:チェコ共和国大使館 日本・チェコ交流 100 周年記念作品
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