原題 | Hors norms (英題:The Specials) |
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制作年・国 | 2019年 フランス |
上映時間 | 1時間54分 |
監督 | 監督・脚本: エリック・トレダノ、 オリヴィエ・ナカシュ『最強のふたり』 |
出演 | ヴァンサン・カッセル『ブラック・スワン』、 レダ・カテブ『ゼロ・ダーク・サーティ』、エレーヌ・ヴァンサン |
公開日、上映劇場 | 2020年9月11日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズなんば、京都シネマ、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ西宮 他全国ロードショー |
~他者への愛と献身を貫くカッコいい「おっさんコンビ」~
自閉症の子どもたちが登場する映画と知って、正直、身構えてしまった。おそらく胸が痛くなるような重いドラマなのだろうと……。ところが、大ヒットしたフランス映画『最強のふたり』(2011年)のエリック・トレダノ&オリヴィエ・ナカシュが監督を務めていることがわかり、俄然、好奇心が湧いてきました。きっとひと味もふた味も異なる映画に違いないと……。
案の定、冒頭からグイグイ引きずり込まれ、最後には感涙してしまった。ヴァンサン・カッセルとレダ・カテブの中年コンビが素晴らしすぎる! 彼らの凛々しさに打ちのめされました。ともに強面で、アクの強い役どころが多かった2人が「聖人」のような人物に扮しているのだから、びっくりポンです。
舞台はパリ市内。カッセルが演じるブリュノは、自閉症の子どもをケアし、支援する施設「正義の声」の代表。何とも仰々しい名称ですが、普通の施設ではないんです。ほかの施設では手に負えず、福祉の網の目からこぼれ落ちた重症の子たちを預かっているのです。困っている者を放っておけないという性(さが)がこの男にはあるのでしょう。
一方、カテブ扮するマリクは、何らかの原因で社会からドロップアウトした若者たちを社会復帰させる組織「寄港」の代表で、彼らを「正義の声」へサポート要員として派遣し、自閉症児の面倒をみさせています。いわば、「正義の声」と「寄港」は一心同体、運命共同体にあるのです。
ブリュノはユダヤ教徒、マリクはイスラム教徒です。世間的には水と油のような関係と言われていますが、2人は宗教を超越して信頼し合っており、とにかく仲がいい。『最強のふたり』の体の不自由な大富豪とその人物を介護する貧しい移民青年のコンビに比肩できうるほどに輝いています。だから、「バディ・ムービー」(男の友情を描いた映画)としても楽しめました。
想像を絶するほど厳しい状況下で24時間、2人は動きっぱなし。社会の狭間でしばしば白い目で見られている自閉症の子たちを決して拒否せず、常に寄り添っています。離れようとしたら、懸命に追っかけて抱き合うのです。これはすごい労力と信念が必要だと思います。
電車の緊急停車ボタンを押す癖があるジョセフ、長い間の監禁生活で自傷行為を繰り返すヴァランタン、その少年を担当する元不良のデュラン……。ブリュノとマリクを軸としたいろんな人間関係が、時にはユーモラスに、またある時にはシビアなタッチで描かれています。
どんなハンデがあろうとも、みな大きな可能性を秘めている。そこをトレダノとナカシュ両監督がどんどん突いてきます。あゝ、人を見る眼差しの何と優しいこと! クライマックスのダンス・シーンはそれこそ人間讃歌そのものでした。『最強のふたり』の世界観を踏襲し、いや、さらに強化し、人の温もりをとことん感じさせる非常にレベルの高い社会派ヒューマン・ドラマに仕上げてくれました。
脇筋がなかなか刺激的です。社会問題総合監査局、いわゆる当局による監査を受けていることが浮き彫りになってきます。なにせ無認可、つまり「ヤミ」で活動を続けているので、当局から目を付けられます。しかし認可を受けたくても、制約がきつすぎて無理。子どもたちの保護者や理解ある人たちからの寄付で何とか活動を維持しているのですが、当然、赤字状態で、閉館・活動停止の危機に面しています。
調査を進める2人の検査官が、徐々に厳しい現状を把握していくのだけれど、あくまでも違法行為なので、立場上、きつい態度で臨まざるを得ない。世の中、そんなに白黒はっきりつけられないのに、終始、杓子定規に判断する検査官に、ブリュノが怒り心頭、啖呵を切るシーンには胸のすく思いがしました。
ブリュノとマリクのモデルになった人物がいるというのが驚きです。脱帽します。これほど尊い愛の形はないかもしれません。福祉と医療の谷間をいかにきちんとフォローできるか、それが社会の「熟成度」を見る1つの尺度のような気がします。
カッセルとカテブ以外、すべて素人が起用されています。自閉症の弟を持つヴァランタン役の少年のほかは実際の自閉症児と介護者です。だから限りなく現実に近く感じられ、ドキュメンタリー映画を観ているような錯覚に陥るのでしょう。
ハプニングとトラブルの連続。予定調和のない不安定な日常。それでも2人はめげない。なんでこんなに頑張れるんやろ? 分断が進み、異なるものを排除しようとする現代社会だからこそ、彼らの行動がなおさら際立つのでしょう。
どんなシビアな状況に直面しても、「何とかなる」と笑みを浮かべるブリュノの温顔に映画のテーマが凝縮されていたように思えます。2人は紛れもなくスペシャルでした!
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト:https://gaga.ne.jp/specials/
配給:ギャガ
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