原題 | MR.JONES |
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制作年・国 | 2019年 ポーランド、ウラクイナ、イギリス |
上映時間 | 1時間59分 |
監督 | 監督:アグネシュカ・ホランド 脚本:アンドレア・チャルーバ |
出演 | ジェームズ・ノートン、ヴァネッサ・カービー、ピーター・サースガード |
公開日、上映劇場 | 2020年8月14日(金)~シネ・リーブル梅田、京都シネマ、シネ・リーブル神戸他 全国ロードショー |
~現代史の〈秘部〉に食い込む熱きジャーナリスト魂~
ホロドモールってご存知ですか? 第2次大戦前の1932年~33年、旧ソ連のウクライナで想像を絶する飢餓が起き、300万人以上の住民が命を落とした悲劇です。それが人為的に行われたのですから、完全にジェノサイト(大量殺害)。その主犯者があのスターリンでした! この出来事、高校の世界史で習わなかったし、その後も知り得る機会がなく、正直、本作を観て初めて実態を把握できました。
『僕の愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ』(1990年)や『ソハの地下道』(2011年)などで第2次大戦をはじめ現代史の闇をさまざまな角度から見据えるポーランド人の女性監督、アグニェシュカ・ホランドの本気度がわかる社会派映画です。なぜ社会派かと言うと、ホロドモールを暴いたイギリス人ジャーナリスト、ガレス・ジョーンズ(1905~35年)のジャーナリズム魂を浮き彫りにしているからです。
ジェームズ・ノートン扮するジョーンズはケルト系のウェールズ人です。「Jones」という名は典型的なウェールズ人の名前で、日本で言えば、鈴木さんみたいなもん。最近、銀幕で見かけしませんが、女優のキャサリン・ゼタ=ジョーンズもそうです。映画の中で、父親とウェールズ語で会話しているシーンがありました。彼はこのウェールズ繋がりで、フリーのジャーナリストながらも、同胞の首相ロイド・ジョージの外交顧問を務めています。
ドイツではヒトラーのナチス政権が破竹の勢いで台頭してきた時期。まさに時の人であったヒトラーに西側諸国で初めて単独インタビューしたのがジョーンズだったとは、知らなかった。そのことを自慢げに喋っている姿が映っていました。
独裁者という点で、ヒトラーと同類のスターリン率いるソビエト連邦に目を向けたのがいかにもジャーナリストらしい。3年前の世界恐慌で先進諸国が軒並み経済的に疲弊している中でソ連だけが好調……。もちろん社会主義に基づく5か年計画が実りつつあったのも事実でしたが、それだけで繁栄が続くとは考えられない。指導者スターリンはどこから収入を得ているのか?
その実態を知りたいがためにジョーンズは単身、モスクワへ向かいます。自分が真実を暴くんだという強い使命感を伴った行動力、それが取材の原点です。しかし、ソ連は外国人を極度に警戒する社会とあってなかなか取材できません。当地の外国人記者を統括するニューヨーク・タイムズのモスクワ支局長ウォルター・デュランティ(ピーター・サースガード)に接近するも、このベテラン記者、スターリンの提灯記事ばかり書き、それでピューリッアー賞を受賞したものだから天狗になっている。
どこまでも真実を追い求めようとするジョーンズ、片やおざなり取材で済ませようとするデュランティ。彼ら2人の確執が映画のテーマになっており、そこをホランド監督が執拗に突いてきます。前者を勇気と意志の強さ、後者をひねくれたご都合主義と白黒はっきりつけているのがわかりやすいです。
取材統制下にあるモスクワで、ジョーンズがウクライナにカギがあるのを知り、現地入りするプロセスが何ともスリリング。こういう場合、情報を得るには味方を作るのが定石。彼もちゃんとそうしていました。元新聞記者のぼくはゾクゾクしっぱなし。
そしてウクライナで信じられない光景を目にするのです。自分の足で稼いだ取材。これぞジャーナリストに不可欠な現場主義です! ウクライナでの惨状とモスクワの栄華がなぜ結びつくのか……。映画の中でちゃんと説明されています。それにしても、当時の陰鬱な空気が見事に再現されていました。
冒頭、寒々しい田舎でブタ小屋を見つめながら、ペンを走らせる男が映ります。てっきりジョーンズかと思いきや、あとでわかりますが、近未来世界の恐怖を描いた『1984』(1949年発表)で知られるイギリス人作家ジョージ・オーウェル(1903~50年)でした。この人の実質的なデビュー作で、全体主義やスターリン主義を批判した寓話小説『動物農場』(1945年発表)を書き始めた場面です。オーウェルがジョーンズと絡むのが何とも刺激的!
以下、映画では詳しく言及されていませんが、この人物を知るための参考として書かせてもらいます。ソ連の偽りの繁栄をスクープとして世に放ち、スターリンの顔に泥を塗ったジョーンズは名声に溺れることなく、次なる取材対象に狙いを絞ります。それが日本の傀儡になっていた満州国です。よっぽどけったいな国に思えたのでしょう。アンテナを張り巡らせ、次から次へと目新しい事案を追う姿勢はジャーナリストそのものですね。
彼は日本で政府の重鎮に取材してからドイツ人記者と一緒に満州国へ。しかし日本軍に拘束され、その後、中国へ移送されます。どういう経緯かは不明ですが、やがて匪賊に身柄を渡され、1935年8月12日、30歳の誕生日を待たずに殺害されました。その背後にはソ連の秘密警察が関与していたらしいです。おそらくスターリンに報復されたのでしょう。
激動の時代を駆け抜けた、不撓不屈の精神を持つジャーナリスト。ひた隠す不都合な真実を暴こうとするジャーナリズム魂。本作の続編として、この極東編をぜひ映画化してもらいたいです。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ http://www.akaiyami.com/
配給:ハピネット
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