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『バルーン 奇蹟の脱出飛行』

 
       

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作品データ
原題 BALLOON
制作年・国 2018年 ドイツ
上映時間 2時間5分
監督 ミヒャエル・ブリー・ヘルビヒ
出演 フリードリヒ・ミュッケ、カロリーヌ・シュッヘ、デヴィッド・クロス、アリシア・フォン・リットベルク、トーマス・クレッチマン
公開日、上映劇場 2020年7月10日(金)~大阪ステーションシティシネマ、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズ西宮OS他 全国ロードショー

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~自由への希求+気球で西独へ亡命した家族の物語~

 

「西へ逃亡した東独人は1976年~1988年で3万8000人いた。少なくとも462人が国境で命を落としていた。彼らは国家から裏切り者と烙印を押された」


本作の冒頭、こんな説明文が映されます。「東独人」は今ではこの世に存在しません。戦後4年目の1949年、東西冷戦の象徴としてドイツが米英仏の3国に管理された西ドイツ(ドイツ連邦共和国)とソ連主導下の東ドイツ(ドイツ民主共和国)に分割され、ちょうど30年前に東西統一を達成しました。東独人は41年間、存続した東ドイツ国民です。


balloon-500-3.jpg東側(社会主義)陣営の中で優等生といわれていた東ドイツは思想と言論の統制が厳しく、国家保安省の秘密警察シュタージが西側の資本主義かぶれ、危険思想の持ち主に目を光らせていました。巷間にも「スパイ」があふれている強固な監視社会。そのシュタージを主人公にした『善き人のためのソナタ』(2012年)という名作もありました。


非常に息苦しく感じられた社会が濃密なドラマ性を生み、東ドイツを舞台にした映画がほかにもいろいろ製作されました。『グッバイ・レーニン』(2003年)、『東ベルリンから来た女』(2012年)、『僕たちは希望という名の列車に乗った』(2018年)……などなど。


中でも西側への亡命劇はドラマチックです。首都ベルリンの壁を地下から潜り抜んで西ベルリンへと逃亡する人たちの姿をドキュメンタリー・タッチで描いた『トンネル』(2001年)は見ごたえある映画でした。


balloon-500-1.jpg本作は『トンネル』と同様、脱出ドラマですが、ベクトルが異なっており、すごく新鮮に感じられました。なぜなら、熱気球(バルーン)を使って脱出作戦を敢行したからです。それも2つの家族が一致団結して。言うなれば、家族の物語でもあります。1979年に成し遂げられた実話ですが、ぼくはまったく知らなかったです。


東ドイツ最南端、西ドイツとの国境近くのペスネックという町に暮らす電気技師ペーター(フリードリヒ・ミュッケ)の一家が、親友ギュンター(デヴィッド・クロス)の家族とともに計画を練っていました。目と鼻の先が「自由の国」。鉄条網が張り巡らされ、怖い番犬を伴った警備兵のいる地上の国境を突破するよりも、障壁のない大空を飛行する方がよっぽど安全と考えるのは道理です。


balloon-500-2.jpgでもそんなに甘くはありません。想定外のトラブルで1回、失敗しており、ラストチャンスの2回目に賭けます。彼らはよほど東ドイツの暮らしを嫌っていたのでしょう。当時、買い物に出かけてもモノがなく、行列しないと買えない。うかつに国策を批判するジョークも飛ばせない。国家への礼賛を強いられる……。そんな陰鬱、かつ抑圧的な現状が映画の中で次々と映し出され、家族の強い亡命意志が手に取るようにわかりました。


映画は実にスリリングです。なぜか? 1回目の失敗で、熱気球による脱出計画が発覚し、シュタージの捜査の網が刻々と彼らに迫ってくるからです。その指揮に当たるザイデル中佐のヘビのような執念深さが映画の見どころの1つ。国家の威信がかかっているだけに、必死のパッチです。この男に扮した名優トーマス・クレッチマンは実際に東独を脱出していたんですね。びっくりポン!


balloon-500-5.jpgほかにもシュタージ絡みで緊張感を強いる設定がありますが、これ以上、書きません。映画をご覧になって確認してください。ロマンスを加味したのはちょっと出来すぎかな……。この部分はフィクションかもしれませんね(笑)。


時間との闘いもスリリングです。ギュンターが兵役に就くまでの6週間以内に熱気球を完成させねばならないから。布を縫い合わせれば簡単にできそうですが、映画を観て難儀な作業だとわかりました。なにせ大人4人、少年2人、幼児2人の計8人がゴンドラに乗るので、膨大な布地が必要。日本の畳に換算すると、751畳の布地を使ったそうです。


balloon-500-4.jpgシュタージの目が気になるので、安易に大量の布を買うことができない。ふだん通りの生活を貫きながらの脱出準備。ところが知らぬ間に捜査の手がすぐそこまできている。間に合うんかいな、バレるんとちゃうか、もうアカンわ……。終盤に近づくと、ヒッチコックばりにハラハラドキドキのサスペンスが畳みかけるように押し寄せ、心臓がバクバクしましたがな。しかも西ドイツに飛行できる北風の吹くチャンスが極めて少ない! 申し分のないお膳立てです。


balloon-500-6.jpg家族愛、自由への希求、新たな人生への期待、脱出への執念――。こうした感情と想いがぎっしり詰まった熱気球が夜間、フワフワと浮遊していくラストシーンは何とも幻想的。つくづく思いました。ペーターが理科系人間でモノ作りが得意、ギュンターが縫製に長けていたからこそ実現できたのであって、ぼくのような不器用な文科系人間では絶対に無理やろな~と。

 

武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト⇒ http://balloon-movie.jp/

配給:キノフィルムズ/木下グループ

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