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『ラスト・ディール 美術商と名前を失くした肖像』

 
       

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© Mamocita 2018

       
作品データ
原題 ONE LAST DEAL
制作年・国 2018年 フィンランド
上映時間 1時間35分
監督 監督:クラウス・ハロ (『ヤコブへの手紙』『こころに剣士を』) 脚本:アナ・ヘイナマー(『こころに剣士を』)
出演 ヘイッキ・ノウシアイネン、ピヨル・ロンカ、アモス・ブロテルス、ステファン・サウク
公開日、上映劇場 2020年3月6日(金)~シネ・リーブル梅田、3月7日(土)~京都シネマ、3月13日(金)~シネ・リーブル神戸 他全国順次公開

 

~ロシア美術の神秘に触れる、祖父と孫の冒険~

 

ロシア美術と聞いてもピンとこない方も多いのではないだろうか。美術館や展覧会などで目にするのは圧倒的に西欧の印象派の作品が多く、生まれて初めて観たのはルノアールだったと記憶している。社会主義国との国交制限は現代でも珍しくない。本作で題材となったロシア画壇の巨匠イリア・レーピン展が旧ソ連時代を経て日本で初めて開催されたのは2012年だった。トルストイやチャイコフスキーは日本でも有名だが、美術の分野はなんと70年ものあいだ秘密のベールに包まれていた。この作品ではそれを垣間見ることができるのだから美術ファンならずとも一見の価値ありだ。


640 (1).jpgオラヴィ(ヘイッキ・ノウシアイネン)はヘルシンキで40年にわたり美術商を営んできたが、近年は思うように利益が上がらず仕入先からも足元を見られている。そんな我が身を不甲斐なく思いながらも、最後にもう一度だけ納得のいく商売がしてみたいと静かな情熱を燃やしていた。そんな彼がある一枚の肖像画と出会う。小品ながら全体に漂う重厚感、モデルの高潔な佇まい、精緻な筆遣い、にも関わらず画家の命ともいうべき署名がない。果たしてこれは幻の名画なのか?折しも音信不通になっていた娘レア(ピルヨ・ロンカ)から孫息子の職業訓練を頼まれ、15歳のオットー(アモス・ブロテルス)とタッグを組み一枚の絵画に隠された謎の解明に乗り出す。


640 (2).jpg時代から取り残されたような老人と、スマホを駆使しどこへでも臆せず情報を取りに行くオットー。いつしか二人の間には共犯関係のような絆が生まれてゆく。印象的なのが絵の解説をするシーンだ。オラヴィが一つひとつの作品についてオットーに語り掛ける言葉がそのまま観る者を芸術の世界へと誘い、陶酔にも似た心地にさせる。なかでもヒューゴ・シンベリの「Old Man and Child」の件は秀逸だ。そして、それらを可能にしたのは舞台装置によるところも大きい。フィンランドの国立アテネウム美術館から全面協力が得られたのである。撮影はライティングや角度はもちろんのこと綿密な取り決めによって実現した。スクリーン越しに国宝級の作品が観られるのだからたまらない。


640 (6).jpgまた、オークションの息詰まる緊張感も見逃せない。オークションマスターの絶妙な合いの手が顧客の購買意欲を掻き立て価格は高騰してゆく。まさに博打そのもの。大切なライフワークとは言え、老い先短い人生までも投げ打つのかと手に汗握る。そして、その駆け引きはオークションだけでは終わらない。その辺りのリアリティは格別で、なんと脚本家アナ・ヘイナマーには絵画を扱う仕事をしていた経験があり、埋もれていた名画が発掘される奇跡のような瞬間やその逆も実際に見聞きしていたというのだ。フィンランドを代表するクラウス・ハロ監督が原案を知り自ら名乗りを挙げたというのもうなずける。


640 (3).jpg電波は宇宙空間を走りリニアモーターカーが普及する日も近い。そんな速さが売りのこの世界で、時間の経過だけは等価である。古い物の美しさは憂いを内包している。覚束ない手つきで淹れたコーヒーを運ぶオラヴィの手が震えている。そこにはそっと手を添えたくなる脆さとたやすく触れられぬ尊さが共存している。人に歴史があるように絵画にも戦火や時代をかいくぐってきた歴史がある。美術品はそれ自体が持ち主を選ぶという話もあながち迷信とも言い切れないのではないか。日本では馴染みの薄いロシア美術の世界にひととき酔い、一人の美術商のロマンと芸術の神秘や神聖性までも存分に堪能できる傑作。


(山口 順子)

公式サイト⇒ https://lastdeal-movie.com/

© Mamocita 2018

配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス

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