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『名もなき生涯』

 
       

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作品データ
原題 A HIDDEN LIFE
制作年・国 2019年 アメリカ・ドイツ合作
上映時間 2時間55分
監督 監督・脚本:テレンス・マリック(『天国の日々』『シン・レッド・ライン』)
出演 アウグスト・ディール(『ヒトラーの贋札』『イングロリアス・バスターズ』)ヴァレリー・パフナー(『エゴン・シーレ 死と乙女』)、ブルーノ・ガンツ(『ベルリン天使の詩』『ヒトラー ~最後の12日間~』)、マティアス・スーナールツ(『君と歩く世界』)、マリア・シモン、ミカエル・ニクヴィスト
公開日、上映劇場 2020年2月21日(金)~大阪ステーションシティシネマ、シネマート心斎橋、TOHOシネマズ二条、シネ・リーブル神戸 他全国ロードショー

 

他人の家族を殺したくないと徴兵拒否、

死刑になっても信念を貫き通した名もなき農夫と、彼を支えた妻の抒情詩

 

急峻な岩山を望むアルプスの山麓で農業を営む夫婦。電気もガスもない山村の生活だが、麦収穫の際には村人総出で協力し合い、あらゆる野菜を栽培し、家畜を飼い、糸を紡いで機を織る自給自足の生活。土の冷ややかな感触やお日様のような温もりと青臭い干し草の匂い、水車や馬車の音に鳥や家畜の鳴き声、そして最愛の子供たちの歓声が響く農園…大自然に抱かれた穏やかな日々が、戦争の足音によってかき消されていく。


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©2019 Twentieth Century Fox

詩情豊かな映像の中に人間の本質を浮き彫りにする巨匠テレンス・マリック監督の新作は、フランツ・イェガーシュテッターというナチス憲章に宣誓拒否し反逆罪で死刑になった実在のオーストリア人の物語である。まだ30歳の妻と3人の娘と年老いた母を残して36歳で死んでしまったフランツ。彼は一体何を求めていたのだろうか。名もなき農夫が信念を貫き通して死刑になっても、ナチスが変わる訳でもなければ戦況に影響を与えた訳でもない。それでも、テレンス・マリック監督が今こそ全ての人に問いかけ世界に伝えたいこととはーーー名もなき人々であっても、一人一人が平和を希求し、暴力には一切加担しないという信念を持って生きてほしい、というメッセージなのかも知れない。


namonakishougai-500-2.jpgオーストリアのドイツ国境近くの山村で妻と農業を営んでいたフランツは、第二次世界大戦勃発と共に徴兵されたが、ヒトラーへの忠誠を拒絶し反逆罪で投獄される。「死刑になろうとも戦争に加担したくない」という自らの信念を貫徹。だが、家族と農園を守る妻のフランチスカ(ファニ)は、男手のない過酷な農作業を続け、村八分にされても、作物を盗まれても、義母には「お前のせいだ」と冷たくされても、優しい姉と共に3人の娘と農園を守り切る。その忍耐力はどこからくるのだろうか。


namonakishougai-500-4.jpgフランツは後に聖人として列挙されたらしいが、彼を支えたフランチスカあっての偉業ともいえよう。村八分にされても村人に優しく接し、悲嘆にくれる義母を優しく励まし、幼い娘たちを不安にさせないために明るく振舞い、さらに夫の釈放を願い各方面へ働きかける。その気丈な健気さに頭が下がる。フランチスカは信心深い一族の出身で、結婚前には修道女を目指していたらしい。確固たる信仰心の強さは、普通の労働者だったフランツにも影響を与えたのだろう。義母が言うように、「お前と一緒になってから息子は変わった」のは確かかもしれない。


namonakishougai-500-5.jpgフランツの一家はザルツブルグとドイツ国境に近い村で暮らしていた。ヒトラーの出身地と同じ州で、ヒトラーが総統となってから構えた山荘にも近い所らしい。本作の撮影は野外が多く、イタリア最北部の州の南チロル(現在のドロミテ国立公園の近く)で行われ、後にオーストリアへ移行。今回も、長年マリック監督作を支えてきたイェルク・ヴィトマー撮影監督の自然光による長回しの撮影が冴えわたり、その詩情豊かな映像は崇高な生き方をしたフランツとフランチスカ夫婦の情景を印象深く心に刻み込む。


namonakishougai-500-3.jpg深い信仰心が生み出す力は、どんな逆境でも生き抜く力となり、人として正しく生きる力となる。神の教えに反する暴力を頑として拒否したフランツの生き方は崇高だと思うが、もし自分が妻の立場なら、信念を捨てても生きて帰って来てほしいと思う。勿論、フランチスカも夫の帰還を強く願っていたが、何より夫の信仰心を尊重する気持ちの方が勝っていたのかも知れない。戦争という大きなうねりの中では個人の存在など無になることが多い。だが、あれ程敵視していたフランチスカたちに、村人が次第に優しい態度をとり始める。その変化こそ、フランツとフランチスカ夫婦への評価の表れであろう。真に崇高な行いは、後の時代にも人々の心と記憶に残り、高く評価されることとなる。ちなみに、フランチスカは100歳まで長生きした。3人の娘たちも近くに住んで、父亡き後も家族を守り続けた母を大事にしたという。


(河田 真喜子)

公式サイト⇒ http://www.foxmovies-jp.com/namonaki-shogai/

©2019 Twentieth Century Fox

配給:ディズニー

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