原題 | Fukushima 50 |
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制作年・国 | 2020年 日本 |
上映時間 | 1時間52分 |
原作 | 門田隆将(「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」角川文庫刊) |
監督 | 若松節朗 |
出演 | 佐藤浩市、渡辺謙、吉岡秀隆、緒形直人、火野正平、平田満、萩原聖人、吉岡里帆、斎藤工、富田靖子、佐野史郎、安田成美 |
公開日、上映劇場 | 2020年3月6日(金)~大阪ステーションシティシネマ ほか全国ロードショー |
~ホントにあった“大惨事の裏側”~
こんなにホンモノチックな”ディザスター・ムービーは初めて見た。劇映画であっても、ホントに起こった事件とみんな知っている、スリリング極まりないリアル・ドキュメント。だけど、まるで良く出来たドラマのように興奮すること必至だ。主役は世界のスター、渡辺謙。原発の現場責任者の彼が命がけで決断を下す場面はひとつひとつに力がこもる、一級サスペンスというにふさわしい。そのはず、これは日本の将来を左右する“選択の映画”でもある。
☆原発“崩壊危機”の戦慄
2011年3月11日午後2時46分、マグニチュード9・0、最大震度7、日本の観測史上最大の“東日本大震災”が発生。かつて経験したことのない猛烈な揺れは、太平洋岸に巨大津波となって襲いかかる。そこにはかつて“未来のエネルギー”ともてはやされた原子力発電所があった……。原発事故の最前線で文字通り、命をかけて闘った男たち、海外メディアが「Fukushima50」と名付けた、身近で生臭いヒーローたちの物語だ。
“ディザスター・ムービー”は何年かに1度、話題をさらう大がかりなパニック映画。もっぱら物量豊かなアメリカ映画の得意分野だ。映画ファンには実際に起こったロサンゼルス地震をモデルにした『大地震』(74年)や高層ビル火災を描いた『タワーリング・インフェルノ』(同年)の大ヒットが印象深い。日本でも73年に小松左京原作の日本製ディザスター・ムービー『日本沈没』が登場。騒然たる話題をまき起こした。
その後、場所を宇宙に広げ、96年に『インデペンデンス・デイ』が、98年の『アルマゲドン』では地球に衝突する小惑星を、核爆弾で破壊するという究極のSFパニックでジャンルが確立した。だが、どれほど大がかりでスケールがデカくても、しょせん映画の中の“作りごと”。当たり前だが、これが映画の限界でもあった。
☆本物の「ディザスター・ムービー」
緊迫の原発内部は…災害映画の本場、アメリカでもあまり見られないリアルさはこれがタブーだからか? 「Fukushima50」は、唯一の被爆国だから出来た傑作“恐怖映画”ではないか。有名な怪獣映画の原点『ゴジラ』が原爆の影響を身近に感じさせたように、もし「原発事故」が起きたら、を想定した未来サスペンスは不幸にも“実録もの”ゆえリアリティ満点なのだった(原作・門田隆将)。
大震災当日、強い揺れを感じた当直長・伊崎(佐藤浩市)は原発の緊急停止を指示する。発電所の吉田所長(渡辺謙)は別棟、免震棟の緊急時対策室へ急行、ほぼ同時に大津波警報も発令され、作業員たちに避難を呼びかけた。想定外の大地震と大津波に慌てふためく現場にあって所長と当直長は冷静に的確な判断を下していく。
☆福島原発は全電源喪失
通称イチエフは停電で危機的状態に陥った。このままでは原子炉が冷却不可能になり、メルトダウンをおこしてしまう。冷却水は減り続け、最悪東京を含め、東日本が壊滅する…。日本国内では首相はじめ、米国など世界中が注目する中、“現場の作業員”たちの文字通り、命をかけた闘いが始まる。
☆現場作業員と東電上層部の闘い
冷却装置が動かなければ、溶けた燃料が格納容器を突き破り、汚染が広がる。未曾有の危機に、最後まで諦めずに立ち向かったのは地元・福島出身の名もなき作業員たちだった…。冷却水が減り続ける中、政府から、圧力を抜く“ベント”が指示される。暗闇の中、手動でベントをするため、伊崎たちはメンバーを募る。その様はまるで「いつかどこかで見た」決死隊募集のようだ。首相から、ベントを急がされた吉田所長は毅然と「こちらは決死隊を作っている」と“現場”の決意を見せる。勝手な東電上層部には「こっちへ来てみろよ」と言い放つ。現場第一の吉田所長は思わず熱くなる。
高い放射線量を浴び、余震の恐怖と闘いながら、命がけの作業を続ける作業員たち。彼らをよそに突然、1号原子炉建屋が爆発。先がまったく見えない困難に直面する…。
原子力発電が是か非か、などはこれまでで充分。人間が何度も命の危険にさらされるような“アブない”発電所などはごめんだ。豪華キャストによる原発事故再現は避難家族の描写も含めて、壮大なスケールで見どころ満載だ。日本の“安全神話”をも覆した、まさしく大事件。終了間際、吉田所長と伊崎当直長が言葉を交わす。「なぜこんなことが起こったのか?」。吉田所長は「我々は自然をなめていたんだ。10メートルを超える津波は想像出来なかった」とつくづく述懐する。
いつの場合もそうだが、吉田所長はじめ、現場の大変な苦労と比べて、幹部や上層部は常に甘い。映画とは無関係だが、この事故で訴えられた東電幹部3人が2年3か月の裁判の末、昨年9月に無罪と決まった。周りが何度も“津波の懸念”を指摘しているのにも関わらず、である。この責任感のなさは、さながら映画の続編を見ているような気がした。
(安永 五郎)
公式サイト⇒ https://fukushima50.jp
© 2020『Fukushima 50』製作委員会
配給:松竹、KADOKAWA