~一気呵成にノーカットで見せ切る密着型戦争映画~
「忘れられた戦争」――。第一次世界大戦(1914~18年)はしばしばこう称されます。日本は参戦したけれど、当時の新聞には「欧州大戦」と記されたように、はるか彼方の戦争というイメージが拭えませんね。でも、ヨーロッパに行くと、この大戦で命を落とした兵士の慰霊碑をあちこちで目にし、決して「忘れられた戦争」でないことを実感させられます。
そんな第一次世界大戦といえば、やはり塹壕ですね。敵味方、延々と長く掘られた塹壕の中に兵士が立てこもり、機会を見計らって突進していきました。実は、西部戦線の主舞台はフランスとベルギーの限られた範囲内だったんですね。そんな狭いエリアで、イギリス、フランス、アメリカなどの連合国とドイツ、オーストリア=ハンガリーの同盟国の兵士合わせてトータルで480万人が戦死しているんです。お~っ、何とおぞましい!
本作は、この大戦の最前線が舞台になっています。伝令を命じられた若い2人のイギリス軍兵士の動きをつぶさに追った映画です。主要な登場人物がたった2人だけなので、内容的にはすごく地味ですが、それでも存分に観させるだけの熱量がありました。
それは全編ノーカットで撮られたからです。野草が咲きほこる穏やかな田園風景を映した冒頭から、感慨深げな主人公の横顔を捉えたラストシーンまで、2時間近くカメラが転換することなく、ずっと観る者を引っ張っていくのですから、ほんま、おったまげましたわ。事前にそのことを知っていたので、目を皿のようにして観察していたのに、〈つなぎ目〉が全く分からずじまい。
全編ノーカット映画で思い浮かべるのは、ミステリー映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』(1948年)です。ヒッチコック初めてのカラー作品で、密室殺人をスリリングに描いていました。
当時は15分ごとにフィルムを換えなければならず、当然、ノーカット撮影は物理的に無理。そこで、人物の背中や暗い壁が映ったりする場面でカットされ、フィルムを換えていたらしいのです。でも大学時代にこの映画を観たときは、「つなぎ目」がなかなか分からず、「マジックみたいや!」とびっくりポンでした。
室内劇の『ロープ』とは異なり、本作はほとんど野外。それもクローズアップからロング、俯瞰撮影と変幻自在にカメラが動きまわり、そのサマはまるで生き物のようです。種明かしをすると、全部ノーカットはやはり不可能で、ワンカット・ワンシーン撮影の積み重ねです。「つなぎ目」がデジタル技術で見事に処理されています。そのため基本、ワンシーンがめちゃめちゃ長~~~い! しかも時間軸に沿って撮影されているのだからすごいですね。
劇中、3分の2ほどあった疾走シーンはどう撮られていたのでしょうかね。プレスシートには、最新型の小型デジタル撮影機(アレクサLF小型バージョンカメラ)を使ったと書かれてありました。すぐさまググって、そのカメラの画像を見ると、一眼レフカメラよりも小さい! なるほど、これなら走りながらでも撮影できますわ。
完ぺきな長回し撮影が必要なので、演技とカメラワークの失敗が許されず、徹底的にリハーサルを重ねたそうです。ワイアでつながれたカメラマンが上空を横切ったり、ドローン撮影が行われたりと、あの手この手でメリハリをつけており、かなりハードルの高い撮影現場だったと思われます。いっぺん見てみたかったなぁ。
とりわけ屋外シーンの場合、天気が左右します。そのためカットしたところの場面とよく似た天気になるまで待機を強いられていたらしいですね。ある程度、条件が整うと、あとは雲の形や照度などをデジタル処理で整えていたようです。わっ、本作の最大の売りである技術面を長々と綴ってしまいました。こんなん初めてですわ。すんません! この辺りで内容に移ります~(笑)。
1917年4月、フランスの田舎にある最前線で、戦場経験の乏しいスコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)の2人の兵士がドイツ軍の占領地の向こうにいる友軍に非常に重要な情報を伝えるべく、「地獄のルート」をかいくぐっていくのです。それも朝までに届けなければ、1600人の友軍が全滅するというのだから、プレッシャーありすぎ! 一刻も猶予がない。これは相当、厳しい命令です。
カメラは2人を追って田園地帯から一転、イギリス軍の塹壕の中へと入っていきます。これまでチャップリンの『担え銃』(1918年)、『西部戦線異状なし』(1930年)、『戦場のアリア』(2005年)などあまたの映画で塹壕が映されてきました。閉塞感を凝縮した空間。ちょか(「落ち着きのない」という大阪弁)なぼくなら、こんな状況下では30分も我慢できず、命令を無視して戦場に飛び出しているでしょうね。あっという間にご臨終……。あの時代の兵士に生まれずによかった。
本作では、塹壕内の兵士の様子を徹底的に調査されており、かなりリアル感がありました。塹壕内で立ったまま休憩している兵士の中には、ひょっとしたらカメラマンがいたのかもしれませんね。ワンカット撮影なら、順々にカメラを手渡していく手があると思ったので。
一番驚いたのは、イギリス軍とドイツ軍の塹壕が全く異なっていたことです。地面がむき出しで汚い(不衛生な)イギリス軍の塹壕にくらべ、ドイツ軍の方はコンクリートで塗り固められ、しかもベッドを何台も有する地下の寝室すら完備されているのです。これはアングロサクソン系(イングランド人)+ケルト系(スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人)のイギリス人と純粋ゲルマン系ドイツ人との国民性の違いなんでしょうかね。アングロサクソン人もゲルマン系の一部なんですが……。
サム・メンデス監督が、第一次大戦に従軍した祖父の経験から聞いた話らしいですね。おじいちゃん、めちゃ勇敢ですがな!登場人物は完全にフィクションとはいえ、よくぞこんな斬新な映画に仕上げてくれはりました。カメラが常にスコフィールドに寄り添っているので、疾走感を伴って彼の吐息と体温がビンビンと伝わってきました。
こんな具合に、『1917~』は異色戦争映画でした。というか、最新の映像表現を堪能できる映画。こう言う方が適切かもしれませんね。映画のテクニックはどこまで進化するのでしょうかね。ちょっと末恐ろしくなってきました(笑)。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ https://1917-movie.jp/
©2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
原題 | 1917 |
---|---|
制作年・国 | 2019年 イギリス・アメリカ |
上映時間 | 1時間59分 |
監督 | 監督・脚本:サム・メンデス(『アメリカン・ビューティ』『007 スカイフォール』『007 スペクター』) 共同脚本:クリスティ・ウィルソン=ケアンズ 撮影:ロジャー・ディーキンス 音楽:トーマス・ニューマン |
出演 | ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、マーク・ストロング、アンドリュー・スコット、リチャード・マッデン、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ |
公開日、上映劇場 | 2020年2月14日(金)~全国ロードショー |
~一気呵成にノーカットで見せ切る密着型戦争映画~
「忘れられた戦争」――。第一次世界大戦(1914~18年)はしばしばこう称されます。日本は参戦したけれど、当時の新聞には「欧州大戦」と記されたように、はるか彼方の戦争というイメージが拭えませんね。でも、ヨーロッパに行くと、この大戦で命を落とした兵士の慰霊碑をあちこちで目にし、決して「忘れられた戦争」でないことを実感させられます。
そんな第一次世界大戦といえば、やはり塹壕ですね。敵味方、延々と長く掘られた塹壕の中に兵士が立てこもり、機会を見計らって突進していきました。実は、西部戦線の主舞台はフランスとベルギーの限られた範囲内だったんですね。そんな狭いエリアで、イギリス、フランス、アメリカなどの連合国とドイツ、オーストリア=ハンガリーの同盟国の兵士合わせてトータルで480万人が戦死しているんです。お~っ、何とおぞましい!
本作は、この大戦の最前線が舞台になっています。伝令を命じられた若い2人のイギリス軍兵士の動きをつぶさに追った映画です。主要な登場人物がたった2人だけなので、内容的にはすごく地味ですが、それでも存分に観させるだけの熱量がありました。
それは全編ノーカットで撮られたからです。野草が咲きほこる穏やかな田園風景を映した冒頭から、感慨深げな主人公の横顔を捉えたラストシーンまで、2時間近くカメラが転換することなく、ずっと観る者を引っ張っていくのですから、ほんま、おったまげましたわ。事前にそのことを知っていたので、目を皿のようにして観察していたのに、〈つなぎ目〉が全く分からずじまい。
全編ノーカット映画で思い浮かべるのは、ミステリー映画の巨匠アルフレッド・ヒッチコック監督の『ロープ』(1948年)です。ヒッチコック初めてのカラー作品で、密室殺人をスリリングに描いていました。
当時は15分ごとにフィルムを換えなければならず、当然、ノーカット撮影は物理的に無理。そこで、人物の背中や暗い壁が映ったりする場面でカットされ、フィルムを換えていたらしいのです。でも大学時代にこの映画を観たときは、「つなぎ目」がなかなか分からず、「マジックみたいや!」とびっくりポンでした。
室内劇の『ロープ』とは異なり、本作はほとんど野外。それもクローズアップからロング、俯瞰撮影と変幻自在にカメラが動きまわり、そのサマはまるで生き物のようです。種明かしをすると、全部ノーカットはやはり不可能で、ワンカット・ワンシーン撮影の積み重ねです。「つなぎ目」がデジタル技術で見事に処理されています。そのため基本、ワンシーンがめちゃめちゃ長~~~い! しかも時間軸に沿って撮影されているのだからすごいですね。
劇中、3分の2ほどあった疾走シーンはどう撮られていたのでしょうかね。プレスシートには、最新型の小型デジタル撮影機(アレクサLF小型バージョンカメラ)を使ったと書かれてありました。すぐさまググって、そのカメラの画像を見ると、一眼レフカメラよりも小さい! なるほど、これなら走りながらでも撮影できますわ。
完ぺきな長回し撮影が必要なので、演技とカメラワークの失敗が許されず、徹底的にリハーサルを重ねたそうです。ワイアでつながれたカメラマンが上空を横切ったり、ドローン撮影が行われたりと、あの手この手でメリハリをつけており、かなりハードルの高い撮影現場だったと思われます。いっぺん見てみたかったなぁ。
とりわけ屋外シーンの場合、天気が左右します。そのためカットしたところの場面とよく似た天気になるまで待機を強いられていたらしいですね。ある程度、条件が整うと、あとは雲の形や照度などをデジタル処理で整えていたようです。わっ、本作の最大の売りである技術面を長々と綴ってしまいました。こんなん初めてですわ。すんません! この辺りで内容に移ります~(笑)。
1917年4月、フランスの田舎にある最前線で、戦場経験の乏しいスコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)の2人の兵士がドイツ軍の占領地の向こうにいる友軍に非常に重要な情報を伝えるべく、「地獄のルート」をかいくぐっていくのです。それも朝までに届けなければ、1600人の友軍が全滅するというのだから、プレッシャーありすぎ! 一刻も猶予がない。これは相当、厳しい命令です。
カメラは2人を追って田園地帯から一転、イギリス軍の塹壕の中へと入っていきます。これまでチャップリンの『担え銃』(1918年)、『西部戦線異状なし』(1930年)、『戦場のアリア』(2005年)などあまたの映画で塹壕が映されてきました。閉塞感を凝縮した空間。ちょか(「落ち着きのない」という大阪弁)なぼくなら、こんな状況下では30分も我慢できず、命令を無視して戦場に飛び出しているでしょうね。あっという間にご臨終……。あの時代の兵士に生まれずによかった。
本作では、塹壕内の兵士の様子を徹底的に調査されており、かなりリアル感がありました。塹壕内で立ったまま休憩している兵士の中には、ひょっとしたらカメラマンがいたのかもしれませんね。ワンカット撮影なら、順々にカメラを手渡していく手があると思ったので。
一番驚いたのは、イギリス軍とドイツ軍の塹壕が全く異なっていたことです。地面がむき出しで汚い(不衛生な)イギリス軍の塹壕にくらべ、ドイツ軍の方はコンクリートで塗り固められ、しかもベッドを何台も有する地下の寝室すら完備されているのです。これはアングロサクソン系(イングランド人)+ケルト系(スコットランド人、ウェールズ人、アイルランド人)のイギリス人と純粋ゲルマン系ドイツ人との国民性の違いなんでしょうかね。アングロサクソン人もゲルマン系の一部なんですが……。
サム・メンデス監督が、第一次大戦に従軍した祖父の経験から聞いた話らしいですね。おじいちゃん、めちゃ勇敢ですがな!登場人物は完全にフィクションとはいえ、よくぞこんな斬新な映画に仕上げてくれはりました。カメラが常にスコフィールドに寄り添っているので、疾走感を伴って彼の吐息と体温がビンビンと伝わってきました。
こんな具合に、『1917~』は異色戦争映画でした。というか、最新の映像表現を堪能できる映画。こう言う方が適切かもしれませんね。映画のテクニックはどこまで進化するのでしょうかね。ちょっと末恐ろしくなってきました(笑)。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ https://1917-movie.jp/
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