原題 | Book-Paper-Scissors |
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制作年・国 | 2019年 日本 |
上映時間 | 1時間34分 |
監督 | 監督・編集・撮影:広瀬奈々子 |
出演 | 菊地信義、水戸部功、古井由吉,他 |
公開日、上映劇場 | 2020年1月11日(金)~第七藝術劇場、神戸アートビレッジセンター、1月24日(土)~出町座ほか全国順次ロードショー |
本の“身体”ができ上がるまで。
その工程とこだわりに目をみはる
「いつか自分の本を出したい」と思ったことがある人なら、その夢の先に、この人が装幀を引き受けてくれたら…という贅沢な夢もくっつけてみたくなっただろう。菊地信義。これまで1万5千冊もの本のデザインをこなしてきた装幀界の第一人者だ。その仕事の表側から裏側までをじっと見つめ、本に対する彼の愛情に寄り添って作られたのが、このドキュメンタリーだ。
映画は、文字が書かれた紙を彼がくしゃくしゃにしてから広げ、愛おしむように手で平らにした後、コピーを取る、そんな作業風景から始まる。なぜわざわざくしゃくしゃにするのか。くしゃくしゃにすることで文字がかすれ、何ともいえないイイ味が出てくるのだということがわかる。紙の風合いを確かめ、文字の書体や向きを吟味し、文字の配置では1ミリの違いにもこだわる。菊地さんの手作業を見ながら、コンピュータで何でもやってしまう今の若い世代は知らないであろう「写植」というものを思い出した。
私が若い頃に勤めていた広告会社では、グラフィック・デザイナーはデザインよりも写植の文字を切り貼りする「版下作業」に追われ、それをもとに製版・印刷が行われていた。時代は流れ、もうそういう現場はなくなったと思っていたが、この著名な装幀者が、昔と変わらないような作業をしているとは!おまけに、本の編集者に負けないぐらい、その本を読み込むという思い入れの強さ。何という、一本筋の通った仕事ぶりであることか!
流通や書店の都合による制約という壁が立ちふさがることもあるが、彼は「デザインとは、こさえる(こしらえる)こと」だと言う。そして、装幀とは「他者のため」だとも言う。自分の表現に対するこだわり=自己満足でなく、その本を手に取る他者のためのこだわり。「職人」という言葉が頭の中に浮かんできた。
東京・銀座の事務所から本づくりのプロが集まる製本・印刷の工場、鎌倉の自宅まで、カメラは菊地さんを追いかけていくのだが、なんだか飄々としてフットワークが軽そうな人だ。そして、“エラい先生”の顔でなく、親しみやすく、どこか照れたような表情を見せてくれる。気に入った紙と対面した時の笑顔は、欲しかったおもちゃを手にした時の子供みたいだ。そんな彼の人柄が、鈴木常吉が歌うほんわかタッチのエンディング曲に重なってくる。
あらゆる領域でデジタル化がどんどん進んでいるが、今もこのようにアナログ的な部分を大事にしながら作品を作る人がいると思うと、嬉しくなってくる。手ざわりのあるもの、その重みでもって存在感を示すもの、電子書籍にはなくて、紙の本にあるもの。かけがえのないその価値をじっくりと伝えてくれる素敵な映画だ。
(宮田 彩未)
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