原題 | Once Upon a Time in Hollywood |
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制作年・国 | 2019年 アメリカ |
上映時間 | 2時間41 分 |
監督 | クエンティン・タランティーノ |
出演 | レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット、アル・パチーノ、マーゴット・ロビー |
公開日、上映劇場 | 2019年8月30日(金)~全国ロードショー |
~映画愛、郷愁、夢をミックスさせた大人の〈おとぎ話〉~
昔、昔、ハリウッドで……。タイトルからしてウキウキしますね。でも、この映画、実におぞましい事件を題材にしています。それは「シャロン・テート事件」と呼ばれる猟奇殺人事件です。奇しくも、本作の試写を観た日(2019年8月9日)が事件発生(1969年8月9日)のちょうど50年目に当たっていました!
オカルト映画か、サイコ・スリラー映画なのか、いまだによくわからないけれど(笑)、大ヒットした『ローズマリーの赤ちゃん』で脚光を浴びたロマン・ポランスキー監督(ポーランド人)の妻であり、女優のシャロン・テートら5人がハリウッドの自宅でカルト教団の信奉者によって惨殺されたのです。妊娠8か月の彼女は26歳でこの世を去りました。あゝ、痛ましい……。首謀者はチャールズ・マンソン。
ぼくが中学3年生の時で、この事件を報じたテレビ・ニュースを鮮明に覚えています。被害者が美人だったので、忘れようにも忘れられません。アメリカのアポロ11号が人類初の月面着陸に成功し、全世界をあっと驚かせてから20日目のことでした。事件の6日後、ロックの祭典「ウッドストック」が開催され、愛と平和を訴えるヒッピーの活動とも連動し、泥沼化していたベトナム戦争への反戦運動が一気に盛り上がってきました。ヒッピーは「フラワー・チルドレン」とも呼ばれていましたね。懐かしい。
こうした動きに呼応するかのように、映画界でもハリウッドに背を向けるアメリカン・ニューシネマが興り、事件の1か月ほど前には代表作『イージー・ライダー』が全米で封切られました。まさにハリウッドが曲がり角に差しかかっていた時期です。そうそう、主演のピーター・フォンダが亡くなりましたね……。合掌。
そんな1969年の真夏の出来事を、クエンティン・タランティーノ監督がレオナルド・ディカプリオとブラッド・ピッドの2大スターを起用し、スリラー+コメディー風味の「バディ・ムービー(男の友情を描いた映画)」に仕上げてくれました。監督自身の郷愁に満ちた思い出が映画に投影されているようですが、この年、タランティーノは6歳のはず。しかもテネシー州にいて、ロサンゼルスに移ってくるのは3年後です。うーん、この辺りどうも辻褄が合わないんですが、まぁ、どうでもええです。ノープロブレム(笑)。
ディカプリオ扮するリック・ダルトンは1950年代にテレビ・ドラマのスターでした。ところが60年代後半になると、悪役ばかりを演じ、映画界への転身もなかなか図れず、焦りまくっています。時代が確実に変わってきているのに、それについていけない。だから、「時代の申し子」ともいえるヒッピーを忌み嫌っています。それはよくわかるんですが、映画界の話なのだから、前述したアメリカン・ニューシネマの動きを盛り込めば、もっと説得力があったと思います。なんでスルーしたんやろ?
リックはだんだん落ち目になりつつある自分を知っていながら、どうしていいのかわからない。虚栄心が邪魔して素直になれないんですね。当然、心に歪が出てきます。だからこそ、気が弱いのにデカい態度を取り、酒とタバコでウサを晴らします。ほんま、信じられないほどの酒飲み(アルコール依存症?)です。テキーラをベースにしたカクテル、マルガリータをミキサーで作り、がぶ飲みするなんてアンビリーバブル! しかも火炎放射器を結びつけるなんて(観てのお楽しみ)……。参った、参った。
そんなアカンタレな俳優を支えるのが、彼のスタントマンをしているクリフ・ブース。元兵士で、腕力に自信を持つ武闘派。世の中がどう変わろうが、全くブレません。常にマイペースで飄々としています。リックでなくとも、頼ってしまいそうになる〈インビンシブル・マン(inbincible man)=無敵の男〉をブラピが楽しそうに演じています。
つまり本作は、『雨に唄えば』(1952年)、『アメリカの夜』(1973年)、『アーティスト』(2011年)などと同様、映画界を題材にした〈業界モノ映画〉です。この手のジャンルは舞台裏を余すことなくさらけ出してくれるので、映画ファンにはたまりませんね。撮影シーンがいっぱい出てきます。西部劇でリックが共演した優等生的な子役の女の子から褒められる場面には笑わされました。この子役、モデルがいるのかな??
実在の俳優が出てくるのが面白い。このころ大スターだったスティーヴ・マックイーンがパーティーで、暴言を吐くシーンなんて抱腹絶倒でした。当時、39歳。前年にはカーチェイスで話題になった『ブリット』でノリノリの演技を披露してくれました。マックイーンに扮したダミアン・ルイスというイギリス人俳優、ほんまにそっくりさんでした!
『燃えよドラゴン』(1973年)でブレイクする前のブルース・リーもよく似ていましたねぇ。このときリーは28歳。ハリウッドで「修業」を積んでいたころです。撮影所でクリフと一戦を交えるところがハイライトの1つ。それが何とも意外な展開になり、びっくりポンでした。タランティーノ監督の〈遊び心〉がこんなところにも凝縮されていました。
このように映画とテレビ業界の裏側を見せながら、固い友情で結ばれたリックとクリフの日常が描かれていきます。途中、リックがマカロニ・ウエスタンに出演するため、イタリアへ出張する以外はすべてハリウッドが舞台。カーラジオから流れてくる音楽、テレビのドラマ、サイケ調の服装……、どれをとっても1960年代後半の世界でした。それらを観ているだけでも飽きさせません。
そんな2人に、リック邸の隣に引っ越してきたポランスキーとシャロン・テートの夫婦が「接近」してきます。テートに扮したオーストラリア人女優マーゴット・ロビーも瓜二つでした。べっぴんさんです。そして、マンソンのカルト集団が絡んできて、事件の日が刻々と近づいてきます。
クリフが単独でカルト集団のコミューンを訪れるシークエンスは秀逸でした。狂気、暴力、恐怖の集団とあって、何が起きるのかと手に汗を握らせます。何とも不気味な空気が充満し、スリル&サスペンスの世界にどっぷり浸らせてくれました。こういう演出、タランティーノの得意芸ですね。それにしても、あのダコタ・ファニングがあんな風に変身してしまっていたのがショックでした(笑)。
そして事件の夜を迎えます。ここからタランティーノが持ち前のイマジネーションを存分に活かし、ぶっ飛んだ〈おとぎ話〉へと昇華させていきます。ラスト13分はもう一度、観てみたいです。映画をとことん愛し、映画の何たるかを熟知し切っている監督の完ぺきな演出。流れが素晴らしい! タランティーノはシャロン・テートに憧れを抱いていたんや。ぼくはそう受け取りました。
いゃー、冒頭から最後までずっとアドレナリン濃度が上がりっぱなしでした。この作品をもってタランティーノは引退をほのめかしてはりますが、そんなことしたら暴動が起きまっせ! 次回作を期待しています。趣向を変えてSFでもええかな~(笑)。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ http://www.onceinhollywood.jp/