原題 | 英題:JESUS |
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制作年・国 | 2018年 日本 |
上映時間 | 1時間16分 |
監督 | 奥山大史 |
出演 | 佐藤結良、大熊理樹、チャド・マレーン、木引優子、ただのあっ子、二瓶鮫一、秋山建一、大迫一平、北山雅康、佐伯日菜子 |
公開日、上映劇場 | 2019年7月5日(金)~大阪ステーションシティシネマ、7月12日(金)~シネ・リーブル神戸、8月17日(土)~京都シネマほか全国順次ロードショー |
受賞歴 | サンセバスチャン国際映画祭 最優秀新人監督賞受賞、ストックホルム国際映画祭(第29回)最優秀撮影賞 受賞、マカオ国際映画祭(第3回)スペシャル・メンション受賞 |
邦画界に彗星のごとく現れた…
という常套句も使いたくなる新しい才能に拍手!
映像にみなぎるこの静謐な空気感は何だろう。一人の少年が味わった、たぶん人生初めての試練をじっと揺るぎない目で見つめ、余計な感情表現や過度な演出をとことん追いやったからこその結果だと思う。その完成度は、大学を卒業したばかりの人がメガホンを取って作り上げたとは到底信じられないほどだ。
主人公の少年ユラ(佐藤結良)は、東京から、祖母が暮らす雪深い地方へやって来た。転校した先は、これまでとは違うミッション系の小学校。朝礼でなく、朝の礼拝という慣れない儀式にとまどうばかりのユラの前に、突如、ミニチュアサイズのイエス様(チャド・マレーン)が現れた。ユラだけに見えて、他の人には見えないこのイエス様は、「この学校でも友だちができますように」というユラの願いを叶えてくれた。サッカーが好きな少年カズマ(大熊理樹)と仲良しになったのだ。二人は、一緒にサッカーボールを追いかけたり、ゲームをしたり、と楽しい時間を過ごすが、ある日、思いもかけない出来事が…。
小さなイエス様は、お風呂に入っているユラの前に出てきたり、紙相撲の勝負をしたり、と、ユーモラスな場面があるのだが、やがてユラは、いちばん叶えてほしい願い事をイエス様が叶えてくれなかったという苛立ちのあまり、イエス様を“消して”しまう。このシーンのユラの唐突な仕草の可笑しさ、そして反動のように我々を襲う鋭い哀しみに、しばし胸の動きが止まる。そして、邦題が指し示す意味が、じわじわと観る者にまとわりついてくる。
この物語は監督自身の体験に基づいたものだそう。目立つのは、じっと動かないカメラによるロングショットだ。サッカーを楽しんでいるユラとカズマの遠い姿から、登場人物たちに感傷的に寄っていかない監督の毅然としたまなざしを感じる。私は、ロングショットの効用を知り尽くしていた小栗康平監督の作品を思い出した。
台詞は非常に少ないといえる。そして、台詞がないのに、印象に残るシーンが幾つか。ユラが一人で病院を訪れ、そこからの帰り道、失望を抱えた彼は、最初は歩いているのだが、やがて駆け出してゆく。彼にそうさせたもの、それが胸を打つのである。また、映画の冒頭、ユラの祖父が生前に障子に指を突っ込んで穴を開けて外をのぞくというシーンがあり、映画の最後ではユラが同じ行動をする、私にはこれが非常に粋に見えて仕方がなかったが、彼らがのぞいていたものに思いを馳せる時、これまたぐっとくるのである。きっと、ユラは(今後、宗教を持つかどうかは関係なく)、もう二度とあのような小さなイエス様を見ることはないだろう。彼は、幼くして不条理な現実というものを思い知らされたのだから。
本作は、スペインのサンセバスチャン国際映画祭で、最優秀新人監督賞を史上最年少となる22歳で受賞したほか、複数の国際映画祭での受賞を果たし、世界からの注目と絶賛を浴びた。
(宮田 彩未)
公式サイト⇒ https://jesus-movie.com/
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