原題 | 英題:EVERYBODY KNOWS |
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制作年・国 | 2018 年 スペイン・フランス・イタリア |
上映時間 | 2時間13分 |
監督 | 監督・脚本:アスガー・ファルハディ (『彼女が消えた浜辺』『別離』『セールスマン』) |
出演 | ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、リカルド・ダリン |
公開日、上映劇場 | 2019年6月1日(土)~Bunkamuraruル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽、テアトル梅田、MOVIX京都、シネ・リーブル神戸 他全国順次公開 |
誘拐事件から濃密な家族劇へとグイグイ引き込む極上サスペンス
スペインの田舎町が大好きです。ライフワークの「ケルト」の取材で何度か訪れました。気だるい空気が漂う昼下がり、バール(酒場)でワイン・グラスを傾けていると、何とものどかな風情に癒されます。しかし当地で暮らすとなれば、世間が狭く、何か事あるごとに噂がすぐに広まり、結構、住み心地が良くないのかも~と思ったりします。要は、ムラ社会的なのです。
本作は、そんなスペインの片田舎を舞台にドラマが展開します。オール現地ロケです。南米アルゼンチンの資産家に嫁いだラウラ(ペネロペ・クルス)が妹の結婚式に出席するため、思春期の娘イレーネと幼い息子を連れて実家に帰ってきます。見るからに典型的な田舎町。その町で姉の家族が老いた父親を養いながら、宿屋を営んでいます。ラウラが三姉妹の真ん中であるのがわかってきます。
冒頭で述べたように、何せムラ社会ですから、村人の誰もが知り合いで、アットホームな雰囲気。彼女の帰省をみな歓迎します。活気は感じられないけれど、平和そのものといった佇まいです。ラウラも懐かしい面々と会えてうれしそう。
そのうち彼女の幼なじみのパコ(ハビエル・バルデム)と彼の妻ベア(バルバラ・レニー)、結婚する妹の旦那、姪(姉の娘)らが姿を見せます。やたらと人物が登場するので、最初のうち人間関係がなかなかつかみにくかったです。ぼくは30分ほど経過した時点でようやく把握できましたが、二日酔いだったら、40分後になるかも~(笑)。このように映画の前段は人物紹介に充てられています。
妹の結婚式が終わり、披露宴のパーティーがたけなわ、みな酒を酌み交わし、歌って踊って、そら、もう大はしゃぎです。そんな最中、娘イレーヌが行方不明に……。誘拐された! その後、30万ユーロ(約3700万円)の身代金を要求するメールがラウラの携帯に届きます。しかも新聞記事を使って小細工している。卑劣な輩や!
あっという間に日常が壊れる瞬間を、イラン人のアスガー・ファルハディ監督が見事に切り取っていました。アカデミー賞外国語映画賞を受賞した『別離』(2011年)や『セールスマン』(2016年)で見せたように、ここから映画のテーマに向かって、物語がぐいぐい加速をつけて執拗に迫っていきます。それがこの監督の真骨頂。細やかと言おうか、パズルをはめ込んでいくように、実に丁寧にドラマを組み立てていきます。理路整然という表現がぴったり。ぼくのような500パーセント文科系人間では無理です。おそらくこの人の頭脳は理科系だと思います(勝手に決めてしまった!)。
陽気な空気が一掃され、一転、シリアスな重苦しさに包まれていきます。強烈な温度差。寒暖差アレルギーの人なら間違いなくクシャミの連発ですよ~(笑)。誘拐となると、日本では即、110番になりますが、犯人グループからの脅しもあり、身内だけで解決しようとします。そこがこの映画のミソです。
誘拐劇なのに、だんだん家族ドラマへと転化していきます。ここに監督が焦点を当てたかったんです。アルゼンチンからラウルの夫アルハンドロ(リカルド・ダリン)もやって来ます。各人の秘密が浮き彫りにされ、本音と嘘が交錯します。素顔がどんどん暴かれていき、感情のぶつかり合いが何ともスリリング。あんなに仲の良かったファミリーなのに、すべて〈虚構〉だったのかと思わしめられるほどです。この意外性がめちゃめちゃ面白い。
ここで存在感を増してくるのが、家族ではないパコです。もともとラウルの一族の使用人。それが一族の広大な土地を購入し、今やワイナリー(ブドウ園)の経営者として成功しています。地位の逆転。それゆえ妬みが絡み、さらにもう1つ重要なことが関わってきます。タイトルの「誰もがそれを知っている」は、まさにそのことを指しています。これ以上、言いません。口チャック!
実際の夫婦であるペネロペとハビエルの共演はさすが息が合っていました。2人が絡む場面になると、場の空気が妙に濃厚になるのだから不思議です。
告白します。ペネロペがペドロ・アルモドバル監督の『ハモンハモン』(92年)で映画デビューしたとき、ぼくは彼女の虜になりました。ホリの深いエキゾチックな顔立ちに弱いんです(笑)。本作では揺れ動く内面を表現せねばならず、ペネロペにとって大きなチャレンジだったと思います。かくも喜怒哀楽の激しい演技、初めて見ました。
ハビエルの方は、コーエン兄弟監督『ノーカントリー』(07年)の冷徹な殺し屋があまりにも強烈だったので、今でもこの人が銀幕に現れると、反射的にビビッてしまいます。これ、「パブロフの条件反射」ならぬ、「ハビエルの条件反射」と言います~(笑)。どことなく不気味さを潜めており、ここでも温顔を見せながらも、それがチラチラと伺い知れ、サスペンス濃度を高めていました。この俳優、一作ごとに重厚さを増してきていますね。
犯人は誰やねん、身内にいるんかいな、あいつかな?……。さまざまな憶測が家族内で渦巻く中、誰もが怪しく思えてきます。見ようによっては、アガサ・クリスティーの群像ドラマのようです。ファルハディ監督が15年前、スペインを訪れたとき、行方不明になった少女を探すチラシを目にし、この映画を思いついたらしい。当然、オリジナル脚本です。才能、ありますな。
スペインの乾いた大地「メセタ」で繰り広げられる湿気を帯びたサスペンス。この映画を観た日の夜は、迷うことなくスパニッシュ・ワインで喉を潤し、余韻を味わいました。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ https://longride.jp/everybodyknows/
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