制作年・国 | 2019年 日本 |
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上映時間 | 1時間45分 |
原作 | 西炯子「お父さん、チビがいなくなりました」(小学館フラワーコミックスα刊) |
監督 | 監督:小林聖太郎 脚本:本調有香 |
出演 | 倍賞千恵子、藤 竜也、市川実日子、星由里子、小市慢太郎、西田尚美 |
公開日、上映劇場 | 2019年5月10日(金)~梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、MOVIX京都、神戸国際松竹 他全国ロードショー |
〈倍賞千恵子+藤竜也〉初共演で贈る、
“熟年夫婦あるある物語”
「少子高齢化」問題を映した映画が増えた。先ごろ見た新作『長いお別れ』(5月31日公開)も、老夫婦(山崎努と松原智恵子)が主人公で、夫が認知症になり壊れていく物語だったが、『初恋 お父さん、チビがいなくなりました』はその“一歩手前”の夫婦のお話。どこの家庭にも起こり得る事件だから他人ごとではない。
こちらの夫婦は、寅さんシリーズで長年、寅さんの妹さくら役を務めた倍賞千恵子、夫役は藤竜也。意外やこれが初共演という。オールドファンとしては、倍賞の登場に思わず寅さんみたいに「さくら!」と声をかけたくなる。
50年連れ添い、晩年を迎えた妻・有紀子70歳(倍賞千恵子)は編み物と韓流ドラマが趣味という“昭和の主婦”。夫の勝74歳(藤竜也)は家では何もしない、こちらも“昭和の男”。有紀子は日々の食事や細かな仕事をこなし、夫・勝(藤)は定年退職後、町の将棋道場に通う日々。二人の共通項は近くの公園で拾った黒猫のチビだけ。有紀子も話し相手はチビしかいない。
そんな寂しい日々のある日、訪ねて来た末娘の菜穂子(市川実日子)に、有紀子は「お父さんと別れようと思ってる」と告げる。「えっ何で?」 その夜、あろうことか、夫婦をつないでいたチビが姿を消してしまう。愛猫が主人の異変を察知する、ということがあるそうで、猫も有紀子の異変を覚ったのか?
事件と言えばこれぐらいで韓流ドラマみたいな波乱はない。3人の子供はとっくに巣立ち、会話すらなくした夫婦間の寂しい思いがにじむ。夫は妻の話をきかないし、気のない返事を返すだけ。「チビと二人暮らしみたいだね」とこぼす有紀子はずっと孤独に耐えていたのだった…。
どこかで見たような気もする淡々とした家庭劇は、あの名匠・小津安二郎を彷彿させる。最近では家庭内でも十分、問題が起こる時代、大したことが起こらない劇映画は極めて珍しい。完成度や奥深さはともかく「小津さんを思わせる」映画とは…。小津さんの代表作「東京物語」(53年)は、実は日本独特の家族の崩壊、その予兆を感じさせた映画だった。老夫婦(笠智衆、東山千栄子)が、広島県尾道から3人の子供が住む東京へ旅に出る。その数日の旅の様子のスケッチ。老夫婦のいさかいと言えば、出かける時に「空気マクラ」を渡したかどうか、ぐらい。
だが、子供たちは長男(山村聰)が町医者、長女(杉村春子)は美容師で忙しく、両親の相手をしているひまがない。中で、死んだ二男の嫁(原節子)だけが務め先に休みを取って、老夫婦を東京見物に連れていき、狭い下宿にも泊める。老夫婦が尾道に帰り、老妻が急死したあと、最後まで留まった嫁に笠が「大事に育てた子供たちよりも血縁のないあんたの方がよっぽどようしてくれた。ありがと、ありがと」としみじみ感謝を述べるシーンに人のつながりの温かさ、現代社会での家族の行く末が見えた。
あれから63年、新作では親子関係は娘が離婚騒動に立ち上がるが、家庭の原点である“夫婦関係”にピンチが訪れるとは、小津さんも予測出来なかっただろう。今はやりの熟年離婚は“元さくら”の人生をどう変えるのか。寅さんはもちろん、小津さんのマドンナだった原節子もいない。頼りのチビもいなくなって波乱なき家庭劇のはずなのに、けっこうスリリングな展開になる、これが現代か。
そんな騒動のもとになった有紀子だが、目を見張らせるのが、さっそうとした“ウォーキング”姿勢。こんなに歩けるのなら、娘・菜穂子の「離婚して一人でなんて行きていけないでしょ」というのは余計な心配だろう。少子高齢化問題は、古くからあっても、今なお新しい現代社会が抱える大きな問題なのに違いない。
(安永 五郎)
◆小林聖太郎監督インタビュー⇒ こちら
◆公式サイト⇒ http://chibi-movie.com/
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