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『バイス』 

 
       

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作品データ
原題 Vice  
制作年・国 2018年 アメリカ
上映時間 2時間12分
監督 監督・脚本:アダム・マッケイ『マネー・ショート 華麗なる大逆転』
出演 クリスチャン・ベール『ダークナイト』、エイミー・アダムス『メッセージ』、スティーヴ・カレル『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』、サム・ロックウェル『スリー・ビルボード』
公開日、上映劇場 2019年4月5日(金)~TOHOシネマズ梅田ほか全国ロードショー
受賞歴 ★ゴールデン・グローブ賞主演男優賞クリスチャン・ベール受賞!!(コメディ・ミュージカル部門) ★アカデミー賞メイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞!!

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~権力を操る〈影の大統領〉、その素顔に迫る~

 

アメリカ人は政治がお好きなのでしょうかね。大統領を題材にした映画がやたらと多いと思いませんか。初代のワシントン、奴隷解放を訴えたリンカーン、若くして暗殺されたJ・F・ケネディ、その暗殺後、棚ぼた式に副大統領から大統領になったジョンソン、ウォーターゲート事件で失脚したニクソン……。


エンタメ作品となると、それこそ架空の大統領がわんさと登場していました。エイリアンに襲撃された地球を防衛する『インデペンデンスデイ』(1996)では、ビル・プルマン扮する大統領が自ら戦闘パイロットに変身したのだから、もうびっくりポンです。このときの名演説を、ジョージ・W・ブッシュ大統領が2001年9月11日の同時多発テロ事件のときにパクッていました!!


vice-500-7.jpgそんな大統領にくらべると、いかんせん副大統領は影が薄い。今の副大統領、だれかご存知ですか? ぼくは知りません(調べたら、マイク・ペンスでした!)。ナンバー2とはいえ、権力的にも雲泥の差があります。なにせ地味な存在とあって、映画の主人公になれるはずがないと思っていたら、アダム・マッケイ監督がちゃんと映画化してくれはりました。この人の持ち味を生かし、ややコミカル風の娯楽映画に仕上っていたのがうれしかった。


主人公はディック・チェイニーです。アメリカ事情に明るい人やニュースをよくご覧になっている人なら、ピンとくると思います。前述したあのブッシュ政権下の副大統領でした。肥満タイプで、見るからに押しの強そうな人。10分ほど同席すると、しんどくなりそうな、そんな脂ぎったおっさん。すんません! おっさんはいけません。品がない。副大統領でした(笑)。一度も同席したことありませんが……。


vice-500-3.jpg映画は、タチの悪い酔っ払いの青年だったチェイニーがひょんなことから政界に入り、何かに取り憑かれたかのようにメキメキと権力の中枢へと駆け上っていく様子を追っていきます。狂言回しとして一般市民(ジェシー・プレモンス)をナレーターで登場させるなど、全編、〈遊び心〉あふれる演出が散りばめられていました。そういうところが本作の味です。


何はともあれ、チェイニーに扮したイギリス人俳優、クリスチャン・ベールの〈怪演〉に驚かされました。スティーヴン・スピルバーグ監督の『太陽の帝国』(1987)で映画デビューした繊細な少年役が忘れられません。器用な子役は伸びないというジンクスを覆し、その後、知らぬ間に成長していて、いろんな役柄にチャレンジしていました。『マシニスト』(2004)で不眠症の男を演じるため、体重を30キロも減量したかと思えば、『ザ・ファイター』(2010)では逆に20キロ増やしてボクサーを熱演……。体重を自在に増減できるのが“得意”な“特異”体質かもしれませんね(笑)。すんません、しょうもないシャレでした。


vice-500-2.jpg今回は、またも20キロ太ってはりました。最初に観たとき、だれかわからないほどに大変貌。ぽっちゃり顔にするためメイクに5時間ほどかけて撮影に臨み、チェイニーその人に成り切っていました。きっと喋り方もそっくりだったのでしょう。本作で威風堂々たる演技を見せつけたので、贈収賄事件を題材にした『アメリカン・ハッスル』(2004)に続き、アカデミー主演男優賞を受賞すると思いきや、外しちゃった。残念!


世の中には権力志向の人が少なからずいます。チェイニーはその最たるものでしょう。ジェラルド・フォード政権では、何と34歳の若さで大統領首席補佐官に就いていたのですからすごいもんです。当然、大統領のポストを狙っていたと思います。ところが家庭内のある事情で、成就できず……。これが映画の隠し味にもなっていました! 


vice-500-1.jpgブッシュ・ジュニアから三顧の礼を尽くされ、大石油会社のCEOを辞めて副大統領に抜擢されるや、この人の本領が発揮されます。一見、豪放磊落そうだけれど、実は細かいところまで気を遣う天才的な官僚タイプ。政治の力学をよぉ知ってはりますわ。感性の赴くまま行動したあのブッシュ大統領とは大違い。そのうち独自な人脈によって、ホワイトハウス内で大統領以上の権限を持つようになるにつれ、だんだん顔つきが悪くなってきます。そこが見どころです(笑)。


vice-500-5.jpgこの人、演説が下手だったことが映画のなかで明かされます。そんなチェイニーを支える妻リン(エイミー・アダムス)がなんともしたたかで強い女性です。そこに「恩師」であり、のちに「部下」になる国防長官のラムズフェルド(スティーヴ・カレル)が絡んできます。このおっさん(すんません!)も権力大好き人間です。


vice-500-4.jpgクライマックスともいえるブッシュ大統領のイラク戦争開戦を決断する場面でのチェイニーの囁きが「悪魔の声」のように聞こえました。映画のタイトル「バイス(VICE)」は「副大統領」の「副」と「悪徳」という意味もあります。オモロイですね。この人、共和党員ですが、イデオロギーとは関係なく、自分の考えをごり押しする人なんやと実感させられました。


チェイニーは現在、78歳でご健在。本人の承諾を得ずに映画化したそうです。日本では考えられませんね。今のところ名誉棄損で訴えられていないようですが……。トランプ大統領の映画を撮れば、もっと刺激的な内容になりそうですが、マッケイ監督の回答はこうです。「トランプに時間をかける価値はないように感じます」。うーん、納得するしかないか。


武部 好伸(エッセイスト)

公式サイト⇒ https://longride.jp/vice/

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