(© 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights)
原題 | GREENBOOK |
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制作年・国 | 2018年 アメリカ |
上映時間 | 2時間10分 |
監督 | ピーター・ファレリー(『メリーに首ったけ』『愛しのローズマリー』『2番目のキス』) |
出演 | ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ |
公開日、上映劇場 | 2019年3月1日(金)~TOHOシネマズ 日比谷、TOHOシネマズ(梅田、なんば、二条、西宮OS)、他全国ロードショー |
~友情を育んだディープ・サウスへの濃厚ツアー~
男2人組が主演をつとめる映画を「バディムービー」と呼びます。狭義では、「男の友情の映画」。英語では、「buddy movie」です。「buddy」は「相棒、兄弟」という意味ですが、スラングなので、中学、高校で習った覚えがありませんわ。いつごろからこの言葉が生まれたのでしょうかね。最近では男女問わず、2人組の映画をそう呼ぶ傾向にあるみたいで、ジーナ・デイヴィス+スーザン・サランドンの『テルマ&ルイーズ』(1991)も含まれるそうです。
本作は典型的な、というか教科書的な「バディムービー」と言えるかもしれません。しかも白人とアフリカ系アメリカ人(以下、黒人と記します)のコンビ。もう王道ですね。ちょっと調べると、このパターンの映画が結構、ありました。
古いところでは、トニー・カーティス+シドニー・ポアチエの『手錠のまゝの脱獄』(1958)、ロッド・スタイガー+ポアチエの『夜の大捜査線』(1967)。そうそう、やっぱり刑事モノが断然、多いんです。例えば、ニック・ノルティ+エディ・マーフィーの『48時間』(1982)、メル・ギブソン+ダニー・グローヴァーの『リーサル・ウェポン』(1987)、ウディ・ハレルソン+ウェズリー・スナイプスの『マネー・トレイン』(1995)、コリン・ファレル+ジェイミー・フォックスの『マイアミ・バイス』(2006)……。ほんま、枚挙にいとまがありません。
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この『グリーンブック』は犯罪がらみではなく、フランソワ・クリュゼ+オマール・シーのフランス映画『最強のふたり』(2011)に近い作風です。基本、2人のキャラクターが真逆で、最初はソリが合わず、いがみ合うのですが、いつしか互いに良さを知り、深い友情が結ばれるというもの。非常にわかりやすい展開です。でも、「グリーンブック」という題名だけを見ると、なかなかそこまで把握できません。
1962年のアメリカ。公民権法が制定される2年前で、とりわけ南部では、人種差別を公然と認めるジム・クロウ法がまかり通っていたおぞましい時代です。公共の場では、白人とそれ以外の人種との間に歴然と「垣根」が設けられており、北部で暮らす黒人が安易に南部を旅することができませんでした。そのため、黒人専用のホテルをピックアップした旅行ガイドが出版されました。それが「グリーンブック」です。日本では考えられませんね。
この旅行ガイドを持参してディープ・サウスへ向かったのが、イタリア系のトニー・リップと黒人のドクター・ドナルド・シャーリーです。前者はニューヨークの一流ナイトクラブ「コパカバーナ」の用心棒。見るからにがらっぱちで、はったりが得意。本名はバレロンガという純然たるイタリア姓ですが、口達者とあって、「リップ」の異名で通っています。マフィアとの人脈もある百戦錬磨の強者(つわもの)です。
片や、天才ピアニストのシャーリーは教養があり、気品とプライドが高いジェントルマン。言葉遣いも完ぺきに白人英語を操ってはります。ほんまに月とスッポン。そのシャーリーの南部コンサート・ツアーの運転手+ボディーガード+雑用としてトニーが同行するのですが、黒人差別主義者というところがミソ。
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デンマーク系のヴィゴ・モーテンセンがガラの悪いイタリア系の中年男を見事に演じています。大食漢とあって、やたらと食いまくる役どころで、14キロも体重を増やしたそうです。最初に銀幕に映ったとき、モーテンセンとは気づかなかったほど肥えてはりました。この俳優さん、器用ですね。クライム映画『イースタン・プロミス』(2007)では、飄然とロシア・マフィア役をこなしていました。トニーの役もほんに板に着いてた!
どこかの国のプリンスのようなオーラを放つシャーリーの方は、昨年のアカデミー賞で『ムーンライト』の演技が評価され、助演男優賞を受賞したマハーシャラ・アリが扮しています。この映画でも、ナイーヴで繊細な所作が光っていました。しなやかさがこの人の持ち味ですね。間違いなく成長株だと思います。
ぼくは、シャーリーのような気取り屋さんは苦手です。トニーならなおさらたまらないでしょうね。正真正銘の黒人なのに、立ち居振る舞いは限りなく洗練された白人丸出し。トニーがカーラジオで黒人歌手のリズム&ブルースの曲をガンガン流すと、「止めてくれ」と耳をふさぎ、当時、白人が好んで飲んでいたスコッチ・ブレンデッド・ウイスキーのカティーサークを愛飲していました。それも毎晩、1本も! でも、やっぱり背伸びしている。そのギャップに悩んでいるのが次第にわかってきます。
2人の距離感が一気に狭まるところがキーポイント。それはシャーリーがトニーに勧められてケンタッキー・フライド・チキンを初めて、それも手で食べたときです。まさに黒人のソウルフード。このときの笑顔が素晴らしい。「ベタな世界もええもんや」と白人まがいのインテリ黒人がひと皮むけた瞬間でした。このあとトニーの方がシャーリーに尊敬の念を抱くシーンが用意されています。
人間関係の基本は、間違いなくリスペクトです。それをないがしろにした途端、反目し、いがみ合ってしまいます。国家間の場合は戦争へと至ることすらあります。互いに欠けているところを補っていくと、そのうち信頼関係が芽生えてきます。トニーは度胸と家族愛を孤独なシャーリーに与え、シャーリーは教養をトニーに伝授する。そこのところを本作では実にうまく描かれていたと思います。
シャーリーがピアノで奏でる音楽が何とも不思議なサウンドでした。本人はクラシック志向ですが、当時、黒人がクラシックをやるとはけしからんという風潮があったようで、ジャズや民族音楽(アフリカ音楽?)をミックスさせて演奏していました。弾き終わると、セレブな白人たちから喝采され、笑顔を浮かべます。どんな気持ちだったのでしょうかね。一時的とはいえ、白人より優位に立てた、いや、虚勢を張っている自分がみじめ……。本性を見抜いていたのがトニーだったと思います。場末の酒場で、ブルースを演奏する黒人バンドと一緒にピアノを弾く姿がぼくには一番、胸に響きました。自由奔放なアドリブ。これが彼の素なのでしょう。
言い忘れていましたが、トニーもシャーリーも実在の人物で、すべてノンフィクションです。トニーはフランク・シナトラとも知り合いで、マフィア映画の傑作『ゴッドファーザー』(1972)や『グッドフェローズ』(1990)などに組織の幹部役で出演していたそうです。シャーリーとの南部ツアーの話をオヤジさんからよく聞かされていた息子のニック・バレロンガが映画化を企画し、プロデュースと脚本に名を連ねています。偽善者(はっきり言って、セレブな白人)とは何かということも浮き彫りにしており、ほんとうに素敵なロードムービーでした。
武部 好伸(エッセイスト)
公式サイト⇒ https://gaga.ne.jp/greenbook/
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