原題 | TRANSIT |
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制作年・国 | 2018年 ドイツ・フランス合作 |
上映時間 | 1時間42 分 |
原作 | アンナ・ゼーガース「TRANSIT」 |
監督 | 監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』 挿入歌:トーキング・ヘッズ「ROAD TO NOWHERE」 |
出演 | フランツ・ロゴフスキー 『ハッピーエンド』、 パウラ・ベーア 『婚約者の友人』、 ゴーデハート・ギーズ |
公開日、上映劇場 | 2019年1 月12(土)~ テアトル梅田、京都シネマ、1月18日(金)~シネ・リーブル神戸 ほか全国順次公開 |
~行き先を見失い、浮遊する人々~
ドイツ軍占領下のパリ。不法滞在者のゲオルク(フランツ・ロゴフスキ)は当局の摘発から逃れるため、まだ掃討作戦の及んでいないマルセイユに向かう決心をする。手筈を整えてもらうのと引き換えに、ある作家宛ての手紙を預かる。一通はメキシコ大使館から、一通は作家の妻マリー(パウラ・ベーア)からのものだ。しかし、時すでに遅し、作家は息絶えていた。遺品を携え、負傷した友人と貨物列車にもぐり込むゲオルク。高窓からは、いくつもの朝日と夕日が幻想的な風景とともに浮かんでは消え、やがて海に浮かぶ客船と港町が映し出される。看病のかたわら作家の遺稿に目を通しながら命からがらマルセイユまでたどり着いたゲオルクだったが、旅の途上で友人を亡くし、運命の歯車はあらぬ方向へと回り始める。
ナチスドイツの弾圧から逃れるため亡命する物語と言えば、往年の名作「カサブランカ」が思い浮かぶが、国家と人民運動を軸に恋愛ドラマを描いた「カサブランカ」に比べ、こちらは、枠組みを活かしつつ、今、世界的に問題になっている移民問題と融合させた。マルセイユはまるで中州のようだ。中州にはいくつもの流れがぶつかり合い、分岐してまた新たな方向へ向かってゆく。しかし、周辺は流れが滞り、様々なものが打ち寄せられ淀んでいる。
アメリカ、メキシコ、移民を受け入れてくれる楽園を目指し希望を胸に集まる人々が、通過ビザを求めて領事館で列をなし、思い出話や苦労話を相手かまわず口々に語り散らすのだが、やがて長引く滞在に倦んでゆく。原題は「トランジット」。1942年ドイツ人作家アンナ・ゼーガースが亡命中のマルセイユで執筆した小説を下敷きに「東ベルリンから来た女」のクリスティアン・ペッツォルト監督が浮遊する人々を乾いた視線で切り取った。
人の死を多く描きながらも、テンポよく進むストーリーテリングで陰鬱になりすぎず、また、淡々とした語りの中にじわじわと背筋が寒くなるような恐怖を感じさせる。それは女優陣の表情に如実に表れている。とくにマリーが街中を夫を探しながら奔走する姿は象徴的だ。ゲオルクの背中に手をのばし振り向いたときの落胆と驚きの表情。マリーが探しているのはもはや夫自身ではなく、幸せだった頃の幻影なのかもしれない。また、友人の未亡人(マリアム・ザレー)の物言わぬ目の力。そして、大使館でしばしば顔を合わせる犬を連れた女(バルバラ・アウア)も印象深い。
また、作家になりすましてビザと乗船券を手に入れようとする領事館でのやり取りは、セリフの一つひとつが意味深で聞き逃せない。あとからあとから色々なシーンが思い出され、パズルのような味わいがある。けっして難解ではないが、すべては計算されつくした迷路の中でもて遊ばれているよう。道に迷ったとき、どこをどう歩いても結局同じ場所に戻ってきてしまうことがないだろうか。ゲオルクもこの迷路にはまり込んでしまったのだろう。果たしてこの迷路にゴールはあるのか。
そんな彼の行く末を見守るのが最後の最後に姿をあらわすこの物語の語り手だ。この仕掛けもまた見事!特別なからくりがある訳ではなく、むしろ初めからすべて開示されているにも関わらず、何かハッとさせられるものがある。そう、まるで極上のマジックを見ているよう。この監督の次回作が今から待ち遠しい気分。
(山口 順子)
公式サイト⇒ http://transit-movie.com/
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