原題 | The Cakemaker |
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制作年・国 | 2017年 イスラエル・ドイツ |
上映時間 | 1時間49分 |
監督 | オフィル・ラウル・グレイツァ |
出演 | ティム・カルクオフ、サラ・アドラー、ロイ・ミラー、ゾハル・シュトラウス、サンドラ・シャーディー、タミル・ベン・イェフダ、エリエゼル・シムオン、タゲル・エリアフ他 |
公開日、上映劇場 | 2018年12月1日(土)~YEBISU GARDEN CINEMA、12月8日(土)~テアトル梅田、12月15日(土)~京都シネマ、2019年1月4日(金)~シネ・リーブル神戸ほか全国順次ロードショー |
文化や宗教、ジェラシーをも超え、
愛する人を失った悲しみを共有する、なんとも愛おしくなる映画!
日本全国でこの映画が公開される劇場が少ないことを、とてもとても残念に思う。映画好きならご経験があるだろうが、映画館から外へ出てふとまわりの風景に目を遣った時、何だかいつもと違って見えるというあの感覚。映画の中で起こったことがまだ自分の中に居座っていて、変わり映えしない日常世界にすぐには戻っていきたくないと思うあの感覚に、久しぶりに捕われた。本作は間違いなく、私の今年のベストワンと言っていい。
映画は、がっちりとしたケーキ職人の手で小麦粉が練られているシーンで始まる。これが、主人公のトーマス(ティム・カルクオフ)だ。ベルリンにある「クレデンツ カフェ&ベーカリー」が彼の仕事場で、寡黙な彼が作り出す美味しいケーキやクッキー、パンを目当てにやって来る客の一人に、仕事でたびたびベルリンを訪れるオーレン(ロイ・ミラー)がいた。オーレンはイスラエル人で、母国のエルサレムに妻や子もいるのだが、二人は秘密の愛を交わし合う関係になる。ところが、イスラエルでオーレンは事故に遭って亡くなり、それを知ったトーマスは、ベルリンでの仕事を辞めてエルサレムに行くのだが…。
実直で、人を愛する気持ちをいっぱい持った青年トーマスのキャラクターにとても惹かれる。彼は、生前のオーレンにさりげなく「奥さんとはどんなふうに愛を交わすのか?」と尋ねたりするが、たぶん心の底にあるだろうジェラシーの欠片も見せたりしない。そして、愛した人の街エルサレムで、オーレンの面影をあちこちに探し求める彼に、胸がぐっと詰まる。トーマスは、たぶんオーレンの妻アナト(サラ・アドラー)がどんな人だったのかを知りたくなったんだろう、大胆にも彼女が営むカフェを訪れ、なんとそこで働くことになるのだ。トーマスが作るドイツの伝統的レシピによる「黒い森のケーキ」をはじめとする数々のスイーツは実に美味しそう!
ケーキ職人としてのトーマスの実力がアナトの店の評判を高める一方、イスラエルの厳しい宗教的な風習が彼を取り囲み始める。しかし、アナトの義兄モティ(ゾハル・シュトラウス)の、ドイツ人であるトーマスに対する疑心暗鬼のまなざしに比べ、アナトは宗教的風習に対してもっと自由な感覚を持っていて、それがいいな!と感じさせる。そうして、いろいろあって、トーマスはドイツ本国に帰らざるをえなくなるのだが、それを強いられた時のトーマスの号泣シーンには胸をつかまれる。トーマスを演じた新星ティム・カルクオフは大柄でちょっと太っちょというイメージだが、映される角度によって、ドキッとするような美形の表情を見せ、抑制のきいたいい演技で魅了する。彼は、2018年ヴァラエティ誌「観るべきヨーロッパの10人の俳優たち」に選ばれたそうだ。また、サラ・アドラーはじめ、なかなかお目にかからないイスラエルの名優たちにも注目してほしい。
哀愁的なピアノ音楽と共に、ラストシーンも印象深い。“彼女”が見上げた空模様には、何が映っていたのだろう。物語が終わった後、見た者はそれぞれに主人公たちのこれからを考えるだろう、とても余韻の長い素敵な映画だ。
(宮田 彩未)
公式サイト⇒ http://cakemaker.espace-sarou.com/
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